3-1 立居振舞

 洋服の場合は、立体裁断ですから洋服の形に合わせて着ていけばよいのですが、着物の場合は、体という立体的なものに平面的な布を纏っていくことになりますので、姿勢が悪いままの着付けや、きものに無頓着な動作は着くずれの原因となります。
 まず背筋と首筋をピンとのばして、あごを引き、肩の力を抜いた姿勢でしっかり立つことが立居振舞の基本です。前かがみで立ったり、猫背にならないよう注意してください。

(1) 基本姿勢

1) 頭は、耳のうしろの位置から、肩に向かっておろした線が、地面と垂直となるようにします。このとき顎があがらないように引きぎみにします。

2) 目線は五メートルくらい先を見ます。

3) 胴体は、まず、おへソの位置を確かめそこに力を入れ、へその真裏あたりの背骨をまっすぐにのばし、背すじをまっすぐにします。

4) 足は、平行に踏みます。女性は、両足のあいだをつけて、からだの重心は、土踏まずのやや前方にかけます。

5) 両肩の力を抜いて、手は自然に垂れ、ももの斜前方に軽く置きます。
このとき手指のあいだは、離さずにつけたままにし、親指と小指のあいだをせばめるような気持ちで、手の甲にまるみを持たせます。

6) 肱は、あまり張らないで、胴体と肱のあいだに握り拳ひとつが入るくらいあけておきます。

7) 呼吸は、胸ではなく腹式呼吸のつもりで静かに行ないます。

(2) 立ち姿

 きものの場合、美しく見える立ち方は、この基本姿勢から左足を半歩引きます。左足の膝をくっつけるようにして、かかとを後ろ斜めに引くと、裾つぼまりになって、腰の線がやわらかく見えます。
 反対に右足を引くと、右側が裾の重ねになっているので裾巾が広く見えてしまいます。
 また、左の足を後ろ斜めに引くと同時に、左に少し首をかしげる(首を曲げるのではなく)と、さらに優しい立ち姿となります。左にかしげるときは、できるだけ右の首すじを伸ばし、頭の芯がひっぱられているような感覚にします。このとき、かしげた逆の肩を下げると、より首が長く、そしてなだらかな肩の線を表現できます。

(3 ) 歩く

 基本姿勢から、足を前に運び歩きます。きものを着たら膝をくっつけて内股で歩くことを心掛けるとかよくいわれますが、それよりも背筋と首筋をピンとのばした正しい姿勢を心がけるほうが大切です。
 下半身は爪さきを伸ばし、膝の裏を張り、腰を引き上げるようにして、上半身は下腹を引っ込め、首の外側を伸ばして目線を先のほうに向けます。お腹と胸をそらし、背中はハの字を描くくらいに寄せて胸を張るのですが、帯を結ぶときから正しい姿勢をしていれば簡単です。裾がまくれないように上前のもものあたりを軽く手で押さえながら歩きます。また、膝の裏を伸ばして歩くと後ろバネが上がりません。

1) 足は、平行に踏み、両足が1本の線をはさむように平行に踏み出します。

2) 重心は、常に、からだの中央にくるようにします。

3) 手は、自然に、ももにつけて置きます。

4) 歩幅は、畳1帖の縦の長さを、女性の場合6歩で歩く歩幅が基本です。

5) 歩幅は、早く進む場合はせまく、遅く進む場合はやや広くします。

6) 視線は、5mくらい前方に。

7) 後から運ぶ足は、足の裏を見せないように、踵をなるべく床につけるように運びます。

8) 常に、同じスピードで歩きます。

9) 室内で歩く場合、敷居や畳のふちを踏まないように注意します。

(4 ) 座位

1 座る

 上前の裾を右手で引きながら座れば裾は乱れません。

1) 立ち姿から、左足を一歩後ろに引いた姿勢で膝を折ります。

2) 上半身は真っすぐ伸ばしたまま、上体が前後左右に揺れないように注意し、ゆっくり沈むような気持で腰をおろしていきます。息を吐きながら折った二本の足の上にお尻を落とします。

3) 左膝を先に床の上につけ、つぎに、右膝を床につけて跪座の姿勢になります。

4) 上体が前かがみとならないように注意しながら、爪立てている足を、右足から静かにねかせてゆき、右足の親指の上に左足の親指を重ねます。

5) お尻を踵の上におろして、正座の姿勢をとります。

2 正座

 正座をしたときの手は、両手の指先を内側に向け、ももの上に手のひらをつけて置きます。ひじは張らず脇につけるのが女性の座り方です。
 それぞれのももの上に置いた手は、真っすぐに伸ばすのではなく、玉子を包むようにふくらませておくと、手も小さく、ほっそりと見えます。これを構えた手の置き方といいますが、改まった席に座るときは、この手の置き方を頭に入れておくと変に女っぽくならずにすみます。
 重ね手は両手を真中に重ねて置く動作です。左手を上に置くのが一般的です。これは武士の作法からきていて、利き手である右手を下に隠すことによって、相手に対して二心ないことを示したのだといわれています。また利き手でない手のほうが日常的な運動量も少なく、指が筋ばっていないので美しく見えるからという人もいますが、次に何かをしなければならないお茶のとき、人の指示を仰ぎながらの待機の姿勢の場合は右手が上になり、すぐ手を動かせるような配慮をしています。重ね手は一般的ですが、もともとはくつろいだときのもの。正式には構えた手の置き方をします。
 芝居や踊りでは、右ももの上に左手を上にして重ねている所作をみることが多いですが、腰元や内儀のしぐさで、ややへりくだったときの所作です。やわらかくて色っぽいのでふつうの人が行なっている場合もありますが、礼装などにはふさわしくありません。

1) 上体は、背すじをまっすぐにして基本姿勢と同様です。

2) 視線は、畳の長さ2枚分(3m60cm )くらい前方に。

3) 手は、指が開かないようにして、ももの上に自然にのせます。このとき、手の形は、親指と小指のあいだを狭ばめるような気持ちで、甲にまるみを持たせるようにします。

4) ひじは、あまり張らないで、胴体とひじのあいだに握り拳がひとつ入るくらいにあけます。

5) 膝と膝のあいだを、ぴたりとつけます。

6) 足は、右足の親指を下に、左足の親指を上にして、両足の親指を重ねます。

7) 身体がそり気味になりやすいので、自分の膝が短く見えるように、やや、前傾します。

3 立つ

 姿勢を前傾にしたり、手をついたりしながら立ち上がるのは見た目も美しくありません。
 正座の姿勢から立つ場合は、

1) 左足から両足首を静かに爪立て、お尻を上げます。このとき、上体が前かがみとならないよう注意します。

2) 右膝を立て、手は右足に右手、左足に左手をそえます。

3) そのまま頭、腰、お尻の順序で立ち上がります。立ち上がったときは、座るときの最初の姿勢、つまり、左足を半歩または一歩引いたときと同じ形になります。

4 座布団

 挨拶が終わってから座布団に座ります。
 最初に、座布団の下座(横)から、ひざまずいた姿勢で座布団の端に両膝を少しのせます。その両端の中ほどに三つ指かこぶしをついて、体を浮かせるようにすっとのるようにします。
 座布団の中央に座り正面を向き、両袖とも広がらないように脇に寄せて、自然に下ろします。

 立ち上がるときには、まず、腰を浮かせて両足のつま先を立て、かかとの上におしりを乗せます。座るときと反対に、つま先を座布団の横に下ろし、片膝ずつ下がって座布団の横に降ります。

5 横座り

 横座りはくだけたときの姿勢ですが、どんなに足を投げ出していても、上半身を真っすぐに立てて、背すじをきちんと伸ばしておけば美しく見えます。

 色っぽいものにするには、右尻を落とし、左足を伸ばした場合、上半身は足の方向、つまり左にかしげ そして目線も左から右に。アゴをやや突き出して会話を楽しむとやわらかく見えて、可愛い品の良さが 出ると教わりました。このとき、上前の重ねを深く着て、裾が膝の所から割れないようにくれぐれも注意しなければなりませんが、裾の乱れを計算に入れた裏地の色合わせも重要です。

6 椅子

 きものはからだの右側で裾を合わせていますから、椅子にはからだの左側から入って座ると裾の乱れがありません。右側から入って座るとややもすれば上前がめくれて、裾が大きくあいてしまうこともあります。立つときには椅子の左に行くようにします。

 椅子に座るときには、背もたれと帯の間にすき間をあけて少し浅めに腰かけます。深く腰かけると前が上がって見苦しく、浅すぎると不安定になるので気をつけます。振袖の長い袂は右袖を膝に広げ、その上に左袖を重ねます。
 低い椅子に座る場合は、できるだけひじかけのあるほうを選んで、ひじかけにもたれるように腰掛けると背中が丸くならず楽です。せめて背すじだけは伸ばしておくことが大切です。
 足は膝がしらを合わせ、どんな場合も爪さきを揃えること。少し引きかげんでそろえると美しく見えます。
 椅子に座って決してしてはいけないのが、「足を組む」ということです。どうしても足を組まないと落ち着かない場合は、足首のほうで交差させるだけにとどめておきたいものです。裾が乱れるということは、長襦袢、蹴出しすべてあらわになり、そのうえ腰まわりにタルミができて、着くずれの原因になってしまいます。

(5) 挨拶

1 座礼

 日本間では、必ず座って挨拶します。座礼には、9品礼といって、9種類の礼があります。
 正座の姿勢から、背すじをまっすぐにのばし、上体を前傾させ、頭も上体の動きに合わせて移動させてゆきます。頭だけ前に落として衿と衿足のあいだにすき間をつくったり、顎を上げすぎて胸元にすきができたりして見苦しくならないように注意したいものです。
 また、ひじを横に張らない、衿足が見えるほど深く首を垂れない、腰を浮かせない、などの点にも注意が必要です。
 座布団には、挨拶をすませてから座るようにします。おいとまの挨拶をするときも、座布団ははずします。

浅礼

 浅礼は、部屋に入るとき、物品をすすめるとき、その他、相手に、あまり大げさにならない程度に敬意を伝えるときなど日常生活でも使う機会が多いものです。

1) まず、正座の姿勢から、背すじは素直にのばし、頭は上体にまっすぐにのせたまま上体とともに移動させ、正座から上体を30度前傾させます。

2) 手は、屈体するにしたがって、膝の前に自然にすべらせ、膝頭のところで両手をそろえ床につきます。

3) 視線を置く位置は、自分の膝頭の位置から測って、自分が座ったときの座高の高さの2倍くらい前方の床の上に置きます。

4) まず1秒で、息を吐きながら30度前傾し、次の1秒間は、屈体したまま静止。そして、最後の2秒で上体をもとにもどし、正座の姿勢をとります。

2 立礼

 洋間では立って挨拶をします。
 お辞儀するときは、背筋を伸ばしたまま、ゆっくりと腰から上体を曲げます。両手は膝の上あたりでそろえておきます。頭だけ下げたり、顎が浮いて頭が後ろに残ったり、あるいは、背中を丸めたりしないように注意してください。ちょっと会釈程度でも、胸を下に向けるようにお辞儀をすると美しく見え、落ち着いた印象を相手に与えます。
 首すじ、背すじ、お腹をそれぞれチェックし、正しい姿勢のまま胸から折っていきます。そして息を吐きながらお辞儀をするのが正しいといわれています。

 きものでは、足をきっちり揃えるのではなく、左足を半歩引き気味にすると、美しい姿勢で挨拶ができます。
 このとき膝をちょっと曲げる人がいますが、これは芝居などでは芸者や商売をしている女性のしなづくりの方法です。芸者のお辞儀は、足を引き、腰を折り、両手を膝に置く動作をしますが、この形は色っぽさの演出にはなっても、敬意を表わす所作にはなりませんので注意が必要です。

(6) 袂

 きものでの美しい装いのポイントといえるのが袂(袖)の扱いです。袂がからだから離れることはもっとも行儀の悪いことで、逆に袂の動きに気を遣いながら行なうしぐさは、女性らしさを演出します。

 振袖の華やかさはあの長い袂の動きに負うところが多いのです。振ることによって相手の魂を呼び込むといわれる振袖は、昔から神秘性を含んでいました。振袖は未婚女性が着るきもの、といわれていますが、袂の長さには人の心を惹きつける何かがひそんでいるようです。
 振袖を着て、優雅なしぐさをしようと思えば、まず袂に全神経を集中させること、そして袂の動きにつられて、からだを動かしていけば自然にしぐさに優しさが加わって来ます。

 袂に気を配っていないと、電車やタクシーの扉にはさまれたり、階段で振袖を引きずったり、またうっかりしてあなた自身の足で袂を踏み、身八ツロが裂けてしまうこともあります。身八ツ口から肌が見えることはきもの姿の中で最大のタブーですから気をつけたいものです。椅子に座るとき立つとき、動きを開始するときは、袂に気を配りたいものです。また、長襦袢が袖口からはみ出していることもありますから、ときどきチェックしておきたいものです。

 袂を扱うのにひとつのルールがあります。それは右手で右の袂をつかんだりしないこと。右の袂を持つなら、左手を使うことです。

(7 ) 手先

 人前に見せる手は、四本の指をしっかりと揃え、親指を内側に折るのが手つきを美しく見せるポイントです。相手には、手のひらを絶対見せないのが手つきのマナーです。

(8) それぞれのシーンで

1 車

 着物で外出するときには、車を利用することも多いでしょうが、特に振袖を着たときは、袂をドアではさんだり、裾を踏んだりとトラブルも多いようです。
 車の中で座席を移動するのは大変ですから、なるべくドアに近い場所に座るようにします。

1) 手荷物などがあるときは、先に車内に入れてから、乗り込みます。

2) シートに対して後ろを向きます。

3) 振袖のときはあらかじめ袂を合わせて左手に持ち、右手で上前を引き上げます。

4) シートは浅く腰かけ、そのまま体を半回転させながら、両足を揃えて中へ入れます。きものの裾や袂を車体で汚さないように、脚を軽く持ち上げるようにするとよいでしょう。

5) 座っているときは髪が天井に触れないように注意しながら、帯結びがくずれないように、シートに浅く腰かけます。

6) 両袖を膝の上に重ね、上前といっしょに右手でおさえます。

7) 安定が悪いので、前の座席の背に手をかけて体を支えます。

8) 車から降りるときは、左手で振袖の袂を持ち、まず両足を揃えてつま先を外に出し、右手で上前を引き上げて降ります。

9) 降りたら帯がくずれていないかを確認し、手荷物などはその後に持ちます。

2 吊り革

 着物を着たときの立居振舞いで、大切なのは腕や足をあらわに見せないことです。
 座れたらいいですが、立つときは揺れることを考えて吊革につかまるのがベストです。電車でつり革につかまるときには、袖口から長襦袢や二の腕が出ないように必ず袖口に片方の手を添えます。

3 荷物

 バッグや手荷物はできるだけ片手(左手)で持つのが基本です。2つ以上の手荷物を持つ場合は片方を手提げタイプにして、荷物をかかえた腕に手提げの荷物を掛けると美しく見えます。また両方が手提げタイプの場合は、左腕は折曲げ荷物は手首にかけ、右腕は下に提げます。両手の荷物を下に提げるのは、重そうに見え、優雅さを損ないます。

4 階段

 きものの裾を一番汚しやすいのが階段です。とにかく、袂と裾をすらないようにします。
 また、着物を着て階段を昇り降りするときは、足首やふくらはぎまで裾がめくれてしまいがちですから、足元には十分注意しましょう。

 昇るときは上前を右手で軽く引き上げ、からだを斜めにして右斜め前方に向かってつま先だけで上がっていくと、下から見える腰が小さく見え、足首やふくらはぎが丸見えになりません。
 振袖のときは、両袖を重ねて左手で支え、右手で膝の上あたりの上前を軽く持ち上げるようにします。
 手荷物がある場合は、右手で両袖ときものの上前をいっしょに支えるようにします。

 階段を降りるときも上前を引き上げることを忘れずに。やや斜めに歩を運ぶと、裾もふまず後ろ姿も美しいものです。足の甲を伸ばして、まっすぐつま先から。裾が割れないように上前をかばいながら降ります。裾の後ろが階段にすれないように気を配ります。

5 食事

 まず汚さないためにナプキンがわりになる大判のハンカチをご用意しておきます。また袖でテーブル上の物を倒したり、汚したりしないため袖口を片方の手でつまむか、添えるなどの習慣をつけるようにしましょう。

 乾杯のときには、二の腕が露出しないように、片ほうの手の指先で袖口か袂を支えるようにします。
 ビュッフェ・パーティのように、セルフ・サービスでお皿にお料理を取るときは、お皿を下に置き、左手で袂をかばいながらお料理を取り分けます。

6 玄関

 玄関で草履を脱ぐときは、少し足先を抜いて脱ぎやすくしてからにします。まず、玄関を入ったままの向きで、片方の草履のかかとをもう一方の草履の内側に当て、足だけずらして脱ぎます。もう一方も同様にして脱ぎます。
 きものの上前と袂を支えて上がります。
 上がったら斜めに向き直って膝をつき、草履の向きを直してから端のほうへ寄せておきます。このときも、玄関の床に袂が触れないように、片手で袂を支えます。

7 トイレ

 お手洗いで袂が邪魔になる場合は、前に結ぶか、帯締にはさんで、袂の汚れを防ぎます。
 裾は上から順番にしっかりめくり上げて、帯にはさみます。
 このときのために、洗濯バサミを用意しておくと便利です。

 用が終わってから、衿もとやお尻にたるみがあったら、おはしょりをひっ張ると調節できます。

  

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