1-6 きものと文様 |
きものの文様(柄)は、季節や慶弔、また、好みにより、様々に用いられてきました。 |
代表的な文様(柄) | |
振 袖 留 袖 訪問着 |
吉祥文様(祝い柄)が選ばれます。吉祥文様は振袖や留袖の柄として多く用いられており、また色無地では地紋として吉祥紋が使われたりしています。 代表的な柄には、鶴・亀・松竹梅・四君子(菊、竹、梅、蘭)・扇・桐・鳳凰・御所解き文様などがあります。 |
喪 服
色無地 |
喪服や色無地に黒共帯が弔事の装いですが、この際には帯や襦袢などの地紋に吉祥紋は避けます。慶事、弔事共に用いられる模様は、流水・紗綾型・波・雲などです。 |
その他
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伝統的で格の高い柄として、有職文様や正倉院文様などがあります。その他厄払いの柄として、亀甲・ウロコ柄・青海波などがあります。 |
(1)季節の文様 |
着物の素材、仕立て方は季節で変わります。同様に、きものに用いられる文様にも季節(季節を先取りするモチーフも多く用いられます)があります。最近はあんまりこだわらなくなって来たようですが、それでも、季節に合った文様は、目にも鮮やかに人の心を惹きつけ、また、その方のセンスをうかがえます。同じ着るなら、『今』と言う時にぴったりの文様を着こなしてみたいものですね。 時期 仕立て 色合いなど 代表的な文様(柄)春 三月 袷(五月後半からは単衣でも大丈夫) 春は梅や桜が咲き、日毎に暖かさが増してくる季節です。
桜色の薄いピンクや新緑の若葉の色、春の草花など、明るい色が似合います。雛などの人形もの
蝶
桃
菜の花
チューリップ
ぼかし 霞
中旬から桜、菖蒲、藤四月 桜(前半は開花桜、後半は散り桜)
くちなし
牡丹
柳
水紋
流水
霞
行雲五月 花筏
紫陽花
御所解き文様
花鳥
流水
雲
雨夏 六月 単衣
(単衣に更衣)六月は寒色系のきものなどが、また、七月,八月は、絽や紗の透けるきものや麻など涼しげな薄物仕立てのを。冷房のきいた室内では袷も可。 雨
海
雲
虫
紫陽花
百合
あざみ七月 薄物
(絽,紗)流水
波
雲
雪輪
朝顔八月 水
波
雲
秋の七草
祭り模様秋 九月 単衣 温かみのある色や、枯葉色,黄土色などで秋らしい色合いが似合います。 中旬までは秋草文様
中旬以降は菊や秋の風物
月見十月 袷
(単衣に更衣)更紗などの異国紋様
建物などの幾何学的な文様
菊
銀杏
紅葉十一月 袷 山や雑木
有職文様
御所解き、江戸解き文様
風景模様
物語紋様
枯葉散し
実もの
菊冬 十二月 初詣や新年会など、お正月の装いには、明るく澄んだ色や華やかでおめでたい柄で新春の喜びを表します。 星、月などの天体文様
金箔、銀箔で表したもの
唐草、更紗などの異国模様
冬景色
南天
からすうり一月 松竹梅などの吉祥文様
雪持ち笹などの雪持ち文様
有職文様
水仙、千両などの実もの
千支文様二月 霞文様
梅
水仙
椿
蘭
笹
前半まで雪待ち文様
後半から桃や菜の花
※ 紬や木綿など、カジュアルな織りの着物は、単衣に仕立ててスリーシーズン着られます。冬の防寒にはコートをきます。
帯の文様
生地の上に自由な模様で季節感を表現した染帯には名古屋帯が多く、技法も手描き友禅、型染め、絞り、臈纈(ろうけつ)など豊富です。また、素材には羽二重、塩瀬、紋綸子、縮緬、紬などがあり、暖かみのある縮緬や紬は10月から3月まで、塩瀬や羽二重、紋綸子は4月、5月、9月に締めるものとされています。
よそ行きの染帯は、吉祥文様などの格調高い柄を、手描き友禅や緻密な日本刺繍など高度な技を必要とする技法で描いたものです。手描き友禅の染帯を色無地などに合わせると、素敵なよそ行きになります。
カジュアルなお洒落着用の染帯は季節の風物や動物など遊び心のある柄をさまざまな技法で描いたもので、大変、趣味性の高い帯です。絞りの帯を大島紬に合わせたり、さっぱりとした柄行きの染帯を小紋に合わせると、洒落た装いになります。
名古屋帯の多い染帯ですが、なかには格調のある柄づけの袋帯もあり、洒落た礼装用として締めることができます。
(2)伝統文様
着物の柄に使われる伝統的な文様にも様々なものがあり、また、組みあわせて使われていたりしますので、その世界は無限に近い広がりがありますが、その中から、代表的なものをご紹介したいと思います。
日本で育まれてきた洗練された美意識を振り返るのも楽しいものです。
a) 有職文様
宮廷貴族の衣服に伝統的に用いられてきた文様です。有職文様は、衣服の種類・官職・位階・年齢などによって限定されていました。
有職文様についての詳細は、平安素材集「綺陽堂」さん(http://www.kariginu.jp/sozai/)のサイトをご覧ください。
皇族・上級女官の衣料に使われていた代表的な文様としては、次のようなものがありました。
衣料 代表的な文様 裳 桐竹鳳凰文(皇族) 唐衣 亀甲向蝶丸文
(青色と赤色は禁色でした)表着 若松唐草に木瓜文・椿折枝文 五衣 唐花唐草文・花勝見文・紅雲立涌 単衣 幸菱文(千剣菱) 小袿 小葵抱鸚鵡丸文 大腰袴 カ霰文
b)吉祥文様
慶事に使う文様・祝い文とも呼ばれます。代表的な吉祥文様をご紹介します。 鳳凰文様 中国の故事に基づく空想上の生き物“鳳凰”は聖なる鳥、鳥の王と位置付けられ、天下が泰平になると現れる瑞応鳥として、現代もなお人々に敬われています。その麗しい姿は、打掛の文様としてもこの上ない優美さをたたえるものです。
鳳凰は鳥類の王、龍が飛竜を生み、飛竜が鳳凰を生むといわれています。その姿は、鶏冠風の飾りを付けた天鶏を理想化さしたもので、頸部に龍のような鱗、背は亀のようであり、尾は二つに裂けた美しい魚尾、六尺もある大きい鳥で、声は五音にかない、梧桐に棲んでいるといわれます。
花嫁の打掛や本振り袖、礼装用の留め袖、訪問着やその帯の柄によく使われます。
鴛鴦文様 鴛鴦(おしどり)は雌雄が常に一緒で夫婦仲が睦まじいことから、婚礼衣裳に好んで用いられています。別名「えんおう文」ともいい、華やかでおめでたい意匠モチーフの代表です。
松竹梅文様 松竹梅は吉祥文の代表です。常にその色を変えない緑の松、いかなるときにも節度を保ち、しなやかで強く折れることの無い竹。厳寒の季節に香り高く清らかに咲く梅。中国では「歳寒三友(さいかんさんゆう)」と呼ばれ、君子の節操を象徴するものとされています。松竹梅まとめて文様に使うようになったのは江戸中期以降からです。
留め袖や振り袖、袋帯に多く使われます。宝尽し 如意宝珠、打出の小槌、隠蓑、隠笠、丁子、宝輪、法螺、宝剣、金嚢、花輪違い、祇園守、鍵。この中から形の良いもの、また好みによって何種類かをアレンジして使われます。
留め袖、振り袖、袋帯、デザインを簡略化して訪問着、小紋染め、名古屋帯などにも使われます。菊文様 皇室の紋としても知られる菊文も、吉祥文様を代表するひとつです。菊は中国の故事や、薬物学からも長寿のシンボルとされ、気品ある趣で佳き日の女性を美しく映え立たせます。
果実文 葡萄、桃、ざくろなどの果実文様は、中国から伝わり、日本的に文様化 されたものがほとんどです。例えば、橘(やまとこみかん)は正月の鏡餅にも用いられるように、理想郷「常世国(とこよのくに)」からもたらされる果実といわれ、長寿を招き元気な子供に恵まれると信じられています。
また、果実には、たくさんの実がなることから子孫繁栄の象徴として尊ばれ、花嫁衣裳などに好んで用いられています。霞文様
実際には形のない霞を日本人特有の感性で文様にしたもので、模様の区切りなどに用いられます。中に吉祥文様を詰めた「エ霞」(えかすみ)など慶祝の文様としても多用されています。
御所解 江戸時代後期の文様で、四季の花々や流水などの中に宮殿楼閣、御所車などを組み合わせ京の御所を思わせる宮廷風の華麗な図柄を御所模様といい、それを簡略化したものを御所解といいます。
風景文様として宮中楼閣・四季折々の花・池・流水・扇・御所車・柴折戸などを用います。
江戸中期から後期にかけて御所風の小袖に用いられましたが、現在では、友禅染や刺繍で主として振袖や訪問着に用いています。鶴・亀文 鶴亀は、中国神仙思想に基づき長寿の縁起物として古来より神秘化され尊ばれています。
鶴は、その優雅な姿が好まれ日本の吉祥文様の中心的存在として、亀や松竹梅などと組みあわされて繰り返し意匠化されてきました。松喰い鶴文様は、含綬鳥文様(綬帯をくわえた鳥の文様)を和様化したものともいわれています。
また、亀は四瑞の霊獣霊鳥、龍、亀、麒麟、鳳凰の一つで、亀甲文は、連続模様のため亀甲として基本柄の一つになり袋帯の地紋などに使われます。四君子(梅竹菊蘭)
梅、竹、菊、蘭の四つの花で四季を代表する草花を組み合わせた文様です。
中国では「梅、菊、蘭、竹」を四君子といい、君子としての力量、心構えの手本、資質を表す草木としてみなされました。例えて、「君子とは、徳行正しき人格者であり心けだかく、清らかな高潔をいう」のだそうです。
各花意味言葉は、次のようなものです。
梅は、厳寒に強く春一番に咲く花で、寒中に美(知恵)を養い他に先がけて花開く強い心意気を持つ。
菊は、精気を益し万物を生成する根元で、延命長寿、精神・気力の充実、落ち着き・安心感を表し、気高さを持つ。
蘭は、善人、清楚で控えめな姿を表し、王者、人格者の風格を持つ。
竹は、常緑で一年中変わることがなく、気性がさっぱりして、わだかまりがない人格で、不屈の忍耐力を持つ。
四君子の変形したものとして四愛、四徳というものもあります。
四愛は梅、蘭、蓮、菊
四逸は蘭、蓮、椿、葵
c) いろいろな文様をモチーフ別に分類してみました
植物文様 果実文 瓜・木瓜・瓢箪・桃・柘榴・稲・栗・枇杷・丁子・霊芝など 草花文 唐花文・宝相華文・菊・杜若・菖蒲・竜胆・沢瀉・撫子・葵・桔梗・紫陽花・芒・秋の七草(萩・女郎花・桔梗・葛・菊・薄)・蕨など 立木文 梅・桜・椿・桐・藤・橘・松・竹・楓・柏・柳・梛・銀杏など 蔦草文 唐草文・蔦・葛・鉄線花・朝顔など 動物文様 魚類文 鯉・蝦・蛤・蟹・貝・亀など 獣類文 獅子・兎・鹿・羊・馬・虎・象・駱駝・猪・牛・猿など 虫類文 蝶・蜻蛉・蝉・蛙・蛇など 鳥類文 鶴・孔雀・鴛鴦・千鳥・雁・鳩・雀・鶺鴒・尾長鶏・鴨・鷹・鷺・鶏・雉・小鳥など 想像動物文 龍・麒麟・天馬・白虎・唐獅子・狛犬・鳳凰・朱雀・迦陵頻伽など 人物文様 唐子・天人・天女・天童など 器物文様 器物文 宝尽し・扇面文(末広文)・几帳・楽器づくし・貝桶・琴柱・筏・熨斗・薬玉など 建造物文 楼閣山水・風景文など 自然現象文様 雲・霞・水文・雪文(雪景文様・雪持文様・雪輪文様・雪華文様)・波(青海波)など 幾何文様
(割付文様)縞 千筋・万筋・二筋縞・三筋縞・棒縞・大名縞・微塵縞・子持縞・弁慶縞・滝縞・鰹縞・金通し縞・やたら縞・碁盤縞・よろけ縞・唐桟・めくら縞・杉綾縞・真田縞・養老縞・博多縞・ふし織縞など 格子 千鳥格子・地蔵格子・小間返し格子・三筋格子・爪格子・木連格子・翁格子・障子格子・弁慶格子・やたら格子・吉野格子・碁盤格子・破れ格子・重ね格子・締切り格子・味噌すかし格子など 絣 十の字絣・米の字絣・蚊絣・井桁絣・亀甲絣・矢絣・雨絣・格子絣・二筋絣など 直線構成のもの 十字・井桁・網代・石畳・角文・角違い・菱(横菱 たて菱 遠菱 繁菱 入子菱 花菱 幸菱 )・松皮菱・檜垣・鱗・桝形・襷(綾襷)・紗綾形・亀甲・毘沙門亀甲・篭目・詰田・目結・麻の葉・蜀江・雷文・算盤・矢羽根・源氏香・卍崩しなど 曲線構成のもの 唐草・立涌・よろけ縞・網目・千鳥・分銅・七宝繋ぎ・連珠・円文・輪違い・蛇の目・渦巻き・カ文・洲浜・花菱など 直線・曲線の混用 網立涌・巴麻の葉・花井桁・鳥襷・二つ引両など 文字文様 数字・本・山・吉・大・米・喜・福・寿・貴・長・春など 役者文様 小六染:絞り染めによる左下がりの斜め縞文様 亀蔵小紋:九世市村羽左衛門が衣装に用いた渦巻き文様
市松文様:佐野川市松が用いた石畳文様
かまわぬ文様:鎌と○(輪)とぬの字を組みあわせた文様。七世市川団十郎
芝翫縞:四本縞の間に鐶繋ぎを配したもの。三世中村歌右衛門
菊五郎格子:四本縞と五本縞の間にキと呂の字を配したもの。三世尾上菊五郎
その他、市村格子文様、角文字以呂波文様、観世水文様、菊五郎格子文様、雲に稲妻文様、高麗崖格子文様、暫・三舛文様、仲蔵縞文様、中村格子文様、花勝見文様、播磨崖格子文様、三つ大縞文様、六弥太格子文様など
その他 御所解文様・江戸解文様・七夕の文様など
(3)きものの文様(その変遷)
重ね着を基本とする平安時代の服飾では、個々の衣服の大部分はその上に重ねられる衣服によって覆い隠されるため、大きな文様や多彩な文様が表わされることはなく、多くは小柄な織文様が地文風に表わされていました。このころは、服飾美の中心はむしろ着装時の形態的な美しさや、重ね着による色彩の諧調美に求められていました。
これに対して、一枚着を基本とする小袖服飾では、装飾上、文様の占める役割が重要なものとなり、文様が多彩かつ大柄になったばかりでなく、絵画性をも指向するようになりました。こうした変化は服飾形式の変化によって生じたものですが、これを可能にしたのは織りに代わるの染めや刺繍技術の再興でした。
a) 文様と技法
表着としての小袖の確立当初(15世紀)から桃山時代(16世紀)にかけて、小袖には絞り染めを中心に描絵(かきえ)や色挿しなどを用いたいわゆる「辻が花染」や、刺繍、摺箔(すりはく:型紙を用いて糊を置き、金箔を貼り付けて文様を表わす技法)などが行われ、瑞々しく華やかな文様美の世界が展開されました。 それまでの主に織物で文様が表わされていた時期には、「桐竹鳳凰文様」のように、単一あるいはごく少数のモチーフで意匠が構成されることがほとんどでしたが、桃山時代には、染めや刺繍技術によって遥かに多くのモチーフが一枚の「きもの」に表わされるようになります。植物や動物、幾何学文様までが実に自由に組み合わされ、意匠化されました。
江戸時代に入ると、鹿の子絞りや金糸繍(きんしぬい)などの技法も加わり、華やかさに豪華さを加えた様式が展開され、18世紀前半には、糊防染(のりぼうせん)と色挿しを用いたいわゆる「友禅染」の技法が完成し、当然のことながら小袖の文様形式にも大きな変化が見られるようになっていきました。
まず、町方の小袖にあっては、意匠が繊細でかつ彩り豊かな絵画的表現へと傾斜していき、名所図絵的な意匠や「光琳文様」とよばれる流行文様が盛んに表わされるようになりました。
これに対して、武家女性の小袖においては、必ずしも新しい技法の導入に積極的ではなく、意匠の面でも伝統を守る傾向が強かったようですが、武家女性が「晴」の場で着用する打掛や振袖、帷子(かたぴら)などに、二つの特徴的な意匠形式を生みだしました。
ひとつは四季の草花で構成される花束や花車、花筏(はないかだ)などを衣裳全体に大きく散らし、間に立涌 (たてわく)や紗綾形(さやがた)、七宝繋などの有職風の文様を配する意匠形式です。これは打掛と帷子に見られる様式的なものですが、刺繍と摺匹田(すりひつた)を用いて表わされた豪華で華やかなものです。
もうひとつは、帷子や振袖などに見られるもので、「御所解文様」とよばれる文様です。武家階級の王朝文学への憧憬や文化的教養の高さを背景として生まれたものですが、「御所解文様」は、もともと一種の風景文様ですから、本質的に絵画的な要素を含んでいました。町方の小袖意匠と同様、絵画と見まがうような文様や写実的な表現のものになっていきました。
友禅染を技法の中心とした町方の小袖とは技法を異にしますが、意匠表現の方向性としては共通していたのです。
b) 構成と配置
一方、文様の構成と配置については、小袖(小袖の変遷)にも、概略を書きましたが、桃山時代には、モチーフが幾何学的に区切られた一定の区画内にきっちりと配置されるという特徴が見られます。その際、この区画を肩と裾に設定し腰の部分を空白としたものは「肩裾」、衣服全体にわたって複数の段及びブロックという形で設定したものは「段替わり」、そして衣服の半身ずつを区切って別の文様を配したものは「片身替わり」とよばれました。それが、江戸時代に入ると、こうした区画が崩壊し、小袖全体をひとつの大きな画面に見立てて絵文様を表わす意匠形式へと変わっていきました。
江戸時代初頭はその過渡期として、桃山時代に流行した直線的な区画構成が崩れ、「きもの」全体に曲線的な区画を複雑に配置した文様が表わされました。袖まで含め「きもの」の背面をひとつの大きな区画としてとらえ、そこに反復文様ではないひとつながりの文様を表わすようになったのです。
「寛文文様」とよばれるものがそれです。背面の右扁に重心を置き、左袖から右腰を経て右裾へと大きく展開する構図に特徴があるこの文様形式は、その後の小袖意匠の流れを決定するほビ画期的なものでした。「寛文文様」では、大きな「動き」のある文様が背面に表現されるため、文様の見どころは「きもの」の背面でした。寛文期から出版が始まった「きもの」の図案集である「雛形本」もほとんどが、背面の図を描いていることは、そのことを示しています。
享保頃になると、「きもの」の意匠に、上半身の部分を省略して文様を腰から下の部分のみに表わした「腰文様」が現われてきます。この意匠形式は、この頃から帯幅が広がって、上半身から下半身へと続く連続柄が表現効果を失ったことに対する打開策のひとつとして生まれてきたものといわれますが、文様は、まだ引き続き背面を中心に表わされます。
江戸時代中期の後半、町方女性の間では、文様の位置を「腰文様」よりも低くして、主に裾の部分にのみ表わす「裾文様」が流行するようになりました。「きもの」の背面に表わされる文様の面積は当然小さくなります。そこで、面積の不足を補うために、前身に連なる「裾文様」の出現するようになりました。
ちょうどこの頃、裾を長く引いて「きもの」を着用することが一般的になり、背面からも前身の裾が見えるようになっていました。「雛形本」でも、この頃には背面から前身にかけての連続文様を表わすものが中心となります。
江戸時代後期には、「裾文様」からさらに背面の文様面積を減らして、わずかにのぞく裾ぶきの部分にだけ文様を表わしたものが登場し、やがて背面から文様を完全に取り払い、前身にのみ文様を表わす文様形式が、流行の中心となってきます。これが「褄文様」とよばれるものです。
そして、ひとたび着装された「きもの」を「前面から鑑賞する」ことが一般化すると、歩行に際してちらりとのぞく褄や裾の裏側にも表と同じ文様を表わすことが行われるようになります。これが「引き返し裏」とよばれるものです。
このように、背面を中心に考えられていた「きもの」 の文様も、時代とともにしだいに前身を主役とするようになっていったのです。
このように江戸時代後期頃には、各種文様形式や染織技法もすべて出揃い、今日の「きもの」に見られる基本形式がすべて現われました。