付 能装束(女性)

 能では、何種類かの装束の組み合わせや着付け方でそれぞれの役柄にふさわしい「出で立ち」を表現します。 「出で立ち」を見れば、その役のおおよその性格がわかります。

1 色調

 能の女性の装束では、特に赤い色が特殊な色として尊重され、単に「いろ」と言えば赤色(朱)のことだけを意味し、赤や朱色が目立つ色彩を「紅入り(いろいり)」といいます。一方、赤系統の色が目立たない紫や緑や青などは、すべて「無紅(いろなし)」といいます。

 女性役の装束について「紅入り」といえば、若い女性を表し、一方、緑や青などが主体で赤系統の色が目立たないことを「無紅(いろなし)」といい、中年以上の年齢の女性を表します。
 長絹(ちょうけん)などで金色以外は単色の生地を用いる場合は、赤い紐をつければ「紅入り」の扱いとなり、そのほかの色の紐なら「無紅」の扱いとなります。つまり、この紅入・紅無が、女性の若さの尺度となるのです。

 色の区別でもう一つ重要なのは襟の色で、襟は白を上位とし、萌葱、樺色などを下位とします。
 たとえば、女性を主人公とする能のシテ(主役)には白を用い、ワキ(脇役)は浅葱などを用います。

2 装束

 能で使われる衣装を「能装束」といいます。能の美を代表するものですが、初期の能装束は質素なものでした。室町時代末期から徐々に絢爛豪華になり、能が武家の式楽となった江戸時代に形式が定まり、様式的にも完成しました。

2-1 能装束の種類

 一番下に肌着をつけ、次に着付け、袴(着けない場合もある)、上着を着ます。

●着付け [上着の下に着ける装束で、下着として用いますが、肌着ではありません。]

摺箔
(すりはく)
 女性の着付けに用いる袷の小袖で、無地の平絹に金や銀の箔を置いて露芝や七宝、鱗、などの模様を表したものがあります。

 能では箔をしたものを一番下に着ることが多く、ほとんどが白地で、腰までの長さになります。

縫箔
(ぬいはく)
 女性の着付けに用いる袷の小袖で、形は唐織と同じです。織ではなく、嬬子などの布に絹色糸の刺繍と金銀の箔で草花を中心に様々の模様を表したものあります。また、地色は段になることはなく、一色のものです。

 女性の役の時には袖は通さず、腰に巻きつける着付け方(腰巻付)をしますが、これは室町時代に宮中の女房が、夏の祝儀に小袖の上に打掛を着て帯を締め、肩を脱いで腰の辺りに巻き付けたことに由来する着方です。

●袴

大口
(おおくち)
 裾が大きく広がったかたい布で作った袴で、基本的には無地で、身分の高い女性を表します。大口はもともとは平安の頃に、束帯の時、表袴(うえのはかま)の下にはいたもので、赤の生絹(すずし)・精好(せいごう)で作られていましたが、時代が下ると、白や黄の精好で作られ、直垂・水干の下の袴に用いるようになります。

 能装束の大口もこの流れを汲んでいて、素材は生絹で、色は緋色・白などが一般的です。

●上着

唐織
(からおり)
 唐織は能の女性役の代表的で豪華な装束で、地織に金糸で文様を織り込み、横糸の色糸で花鳥の文様を浮織(うきおり)にした錦の小袖です。形は室町の頃の小袖や打掛と呼ばれる着物で、普通の着物と違い、前身頃(まえみごろ)に続く衽(おくみ)と呼ばれる部分が広く下がって、裾が大きく広がった形になっています。

 唐織は役の年齢や、シテ(主役)、ツレ(シテ方の演じる脇役)の役によって分けられています。紅入(いろいり)は、若い女の役に使い、 紅無(いろなし) は、中年から老女まで使います。唐織の地色が、金色や大きく市松模様になっているものはシテの専用で、段と呼び、地色が一色のもので、通し柄になっているものは、たいていツレ用です。

 唐織の着方は、着流しや壷折が代表的ですが、熨斗付(のしづけ)・姥付(うばづけ)・小坪折(こつぼおり)・大坪折(おおつぼおり)・脱下(ぬぎさげ)などの着付けがあります。

長絹
(ちょうけん)
 女性の舞姿や貴族の女性などに用いられる装束で、絹の単薄衣(絽または紗)で、袖が広く、立襟(たちえり)で背中と胸・袖とに長い組紐(露)が付いています。地色は、白・紫・緋・萌黄・浅黄などいろいろで、前後両側に金箔や刺繍の模様が入っています。
 縫箔を腰巻にしてその上に着る場合と、下に大口をはき、上にこの長絹を着る場合とがあります。
水衣
(みずごろも)
 労働者として、あるいは狂女の外出着として用いられる無地で質素な装束。
 膝丈で長襦袢に似た形の単の広袖の装束で、衽(おくみ)が付いています。色は様々で白・紫・茶・黒・紺・浅黄・などがありますが、生地や柄によって、糸圭(しけ)と縷(よれ)に分れます。

 水衣は男女両用の単の上着ですが、女性の場合は 縫箔などを腰巻きにした上にそのまま羽織って前を糸でとじて着ます。

2-2 装束の着装法

 能の扮装はまず面が決められ、次にそれに合わせて装束が、取り揃えられていきます。
 着用する装束の種別や着付け方法は指示されていますが、色合いや文様はかなり選択の幅があって演者によって違いが出てきます。

着流し
(きながし)
女性役の代表的な扮装で、摺箔の上に袴を付けずに唐織などを着る方法で、能の代表的な女性の出で立ちです。
腰巻き
(こしまき)
小袖の上半身部分を袖を通さずに腰に巻き付ける方法。
壺折り
(つぼおり)
唐織や舞衣の裾を膝上ぐらいに引上げて、胸のところで両襟をゆったりと湾曲させた着方。腰巻の上に壺折る外出着の姿と、大口の上に壺折る高貴な女性の正装姿の二通りがあります。
脱掛
(ぬぎかけ)
長絹などの着流しの右袖を脱いで後に垂らす方法。労働姿や狂女を表します。 肩脱ぎ(かたぬぎ)・脱下(ぬぎさげ)ともいいます。
姥着け
(うばづけ)
胸元を広げないで普通に召し合わせて着付ける方法。老女や巫女などの着方で、多くは上から水衣を羽織ります。
側次
(そばつぎ)
着流しの上に側次をはおり、中国などの異国の人を表します。
 着流し
 壷折り
 脱掛け

3 文様

 能の文様で象徴的な文様は、鱗模様です。
 鱗模様は、蛇を象徴し、嫉妬に狂った女が蛇に変身することからか、女の鬼の扮装には三角形が連続した鱗模様の摺箔である鱗箔を用います。下には腰巻きにした縫箔を着る場合と、大口または長袴をはく場合があります。

  

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