ナッカドー(nat kadaw)

 ミャンマーには、「ナッ」と言われる仏教が入る前から存在していた民間信仰があります。
 古来の神々や自然界の精霊のことを「ナッ」といい、こうした八百万(やおよろず)の神々の中でもとりわけ「37」のナッ神が、人々からの深い信仰を集めています。その多くは、非業の死を遂げ、神格化された超人たちです。
 ナッを信じる者は、何か困ったことや願い事があるとき、この37のナッ神に相談をするのですが、相談は、村々に1、2人は必ずいる「ナッカドー(ナッ神の妻)」と言われる一種の霊媒師を介して行われます。ナッカドーは、シャーマン的な病気の治療等はしませんが、憑依状態で託宣や占い等を行います。

 37のナッ神のうちのいずれかがナッカドーの身体にのりうつり、その口を借りて人々と話をするのです。
 これは、個人の家でナッカドーをひとりだけ呼んで行なうこともあれば、何人ものナッカドーのもとに大勢の参加者が集まる一種の祭りのような形をとることもあります。こうしたナッ神に関わる宗教的行事を「ナップウェ」といいます。
 ナップウェでは女装したナッカドーが、サインワインという楽器の伴奏で、踊ります。そのうちトランス状態になり、その体にナッ神が乗り移ります。踊ることで神と会話し、信者に神の言葉を伝えるのです。

 最大の「ナップウェ」は、ミャンマー暦の8月上旬(西暦で7月下旬から8月下旬)に、古都マンダレー近郊のタウンビョウン(タウンビョン)という小さな村で行われる「タウンビョウン・ブウェ」です。この祭りには、全国から1,500人ものナッカドーが一堂に会し、丸5日間、朝4時まで踊ってナッ神に奉納します。

 ナッカドーは元々女性が演じていましたが、今では男性も多くなっています。ナッ神の多くは男性で、ナッカドーはその妻とされているため、男性のナッカドーは常に女装していて、彼らは、自分はもう男性ではないと信じています。ナッカドーは神の妻であって、人間世界の男女のどちらにも属さない神聖な者として捉えられています。男性でも女性でもない存在なので、男性霊、女性霊どちらの霊も呼び出せる力があると信じられ、普通の人達からも尊敬されています。

 ミャンマーのナッ神の総本山はポパ山です。ここでは、ナッカドーが、ポパ山の御神体のマハーギーリ神(家を守護するナッ神)を祀っています。
 マハーギーリ神はマハーギーリ・ナッとフナーマード・ナッの兄妹神で、このナッ神もまた、王への反逆により非業の死を遂げ、神格化された犠牲者です。

マハーギーリ・ナッの神話

 上ミャンマーのダガウン王国に力の強い鍛冶屋マウン・ティンデーがいた。その息子は大食漢で、さらに力が強かった。王は、恐れて彼を捕らえようとしたが、それに気付いた彼は深い森へ逃げた。王は、彼に美しい妹がいることを知り、王妃に取り立てて、偽って兄を呼び寄せた。
 ついに彼は捕らえられ、ザガー樹に縛りつけられ、火で焼き殺された。苦しみ身悶えする兄を見た妹の王妃も炎に身を投じる。王はあわてて彼女の髪を引き救おうとするが、身体は焼けてしまい、美しい顔だけが残った。兄妹の霊はナッとなってザガー樹に棲みつく。宿ったナッは、樹下の影を冒すあらゆる動物や人間の命を容赦なく奪った。
 樹は、王の命令で切り倒され、エーヤーワディー(イラワジ)川に流された。
 エーヤーワディー(イラワジ)川に流されたザガー樹は、下流のバガンの王と住民が拾い、ポウッパー山(Popa Taung-Kalat)に運んで祀った。ミンジャン平原の真ん中にそびえる美しく神秘的な山ポウッパーは、その木から刻まれた二人の像を祀り、兄妹の霊は「マハーギーリ・ナッ(大山の主)」と呼ばれて、バガンの守護神となった。

    

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