[白殺し(藍白)]

白雪姫(陽子バージョン)

[参考 初版グリム童話集2 白水社]

 わたしは、この国の神官の娘イブと申します。
 我が家には、代々母から娘へとこの家の女に受け継がれてきた呪文があります。この呪文を唱えると、不思議なことに鏡は見るものの真実の姿を映し出すのです。

 もうずいぶん昔のことです。お妃さまは、なかなか子宝に恵まれず、何度も教会にお詣りに来られておりました。私も何度かお会いする機会をいただき、そのうちに、親しくお声をかけていただけるようにもなりました。
 私は、お妃さまの悩みをお聞きして、少しでもお妃さまの心をお慰めしたいと、この鏡の前にお連れしたのです。
「お妃さまは、神の国はどこにあるとお想いですか?」
「お空のずっとずっと高いところかしら」
「いいえ、神の国も悪魔の国もこの世にあるのです。誰も気がつかなくて、この世とは離れたずっとずっと遠くにある世界だと思っていますが、じつは、この世に重なっているのですが、皆、気がついていないだけなのです」
 そう言って、わたしは鏡をお見せしました。
「この鏡は、真実の世界を映し出す鏡なのでございます。天国も地獄もこの世の中に重なっているからこそ、鏡はどこにあっても、その世界を映してくれるのです」
「ただの鏡ではないですか。別に変わったところなどないようですが?」
「お妃さまは、鏡に映ったお姿をご自分のお姿だと信じていらっしゃるようですが、どうしてそう思われるのですか?」
「だって、あなたの姿だって、まわりの椅子やテーブルだって、わたしの服や手足だって鏡に映ったそのままでしょ」
「そのとおりでございます。でも、それは、お妃さまの心が創った世界なのでございますよ。他の方が、お妃さまと同じ世界を見ている訳ではないのです。人は、誰もが自分の心の世界を鏡に映して、それこそが真実の世界だと思い込んでいるのです。そして、誰しもが自分と同じ世界を見ているのだと信じ込んでいるのです」

 わたしは、お妃さまの左手を取り、鏡に押し当てました。
「この鏡に限らず、どんな鏡にも、真実の姿が映っているのです。自分の心に歪められない、真実の姿を見るための呪文をお教えしましょう。でも、けっして他の人にこのことを教えてはいけません。もし、知られたら、その時から呪文は効かなくなり、お妃さまはとても不幸な人生を過ごさなければならなくなるのです」
 私が教えたとおりお妃さまが呪文を唱えると、鏡は、見る間に乳白色に濁り始めました。

 冬の最中なのでしょうか、雪が羽のように空からひらひらと降っています。お妃さまが黒い黒檀の窓辺にすわって縫い物をしています。そうして縫い物をしながら雪を見上げたとき、針で指を刺してしまい、血が三滴、雪の上に落ちました。そして雪の上の赤い血がとても美しく見えました。
 鏡の中に夢のように映し出されるものをじっと見つめながら、 妃はこう思いました。「この雪のように白く、この血のように赤く、そしてこの黒檀のように黒い子どもがほしい」

 そしてまもなくお妃さまは、女の子を産みました。雪のように肌が白く、血のように赤い唇、黒檀のように黒い瞳と髪の女の子でしたので、その子は白雪姫と名付けられました。
 幸せな日々が続きました。国中で一番可愛いお姫さまと王さまの愛を一身に受けて、お妃さまは国中で一番幸せな人でした。
 そして、お妃さまは、毎朝秘かに、鏡を覗きながら呪文を唱え、王さまの愛を確かめました。
 その度に、「わたしは、この国で一番幸せなの。この鏡で幸せな自分を見ていると、自分の美しさに自信が持てるわ」と思いました。

 白雪姫が、七つになったある日、お妃さまは、いつものように鏡の前へ行ってたずねました、
「鏡よ、壁の鏡よ、国じゅうで一番王さまに愛されている女は誰?」
 すると鏡はまたこう答えました、
「お妃さま、あなたがここでは一番美しい、でも白雪姫はあなたの千倍も愛されている」
 親が我が子に愛情を注ぐのはあたりまえのことですが、そう言われてみると、王様のそれは異常なほどなのです。王さまは、白雪姫を着せ替え人形のようにたくさんのドレスを与え、白雪姫がそれを着て喜ぶのを楽しみにしていました。白雪姫の望むことは、何でも真っ先に聞いてやりました。そして、白雪姫は、その見かけの可愛さとは正反対に、傲慢になってゆき、王さまと同じ態度で扱われないとすぐ腹を立ててしまいます。王さまは、そんな白雪姫を叱るどころか、そばに仕える者たちを罰して、白雪姫のご機嫌ばかりをとるようになっていました。

 そのうちに、家臣や使用人たちの悪口がお妃さまの耳にも入ってくるようになりました。
 このままでは、可愛い白雪姫も愛する王さまもそしてこの国もダメになってしまう。そう思ったお妃さまは、白雪姫を王さまの目の届かないところに隠すことにしました。
 お妃さまは、ひとりの狩人を呼んで言いました。
「白雪姫を森の奥深く、七つの山を越えた小人の家に連れていっておくれ。連れていった証拠に、小人に猪の肺と肝臓を貰ってきなさい。それをわたしは塩ゆでにして食べるから」
 狩人はこっそりと白雪姫をしろから連れ出しましたが、事情を知らない白雪姫は、いやがって森に入ろうとしません。そこで、狩人は、猟刀を抜いて驚かして言うことをきかせようとしました。白雪姫は、命を助けてください、と懸命にたのみました。そして、隙を見て森の奥へと走って逃げていきました。狩人は、すぐに後を追いましたが、薮に行く手を阻まれて見失ってしまいました。ちょうどそこへ若い猪の子が走ってきたので、狩人はそれを刺し殺して、肺と肝臓を取り出すと、証拠としてお妃さまに持っていきました。それを受け取ったお妃さまは安心して、それを塩ゆでにして平らげました。

 白雪姫は大きな森の中でまったくひとりぼっちになりました。それでとてもこわくなって、走りだしました。とがった石を跳び超え、いばらを抜けて古じゅう走りました。太陽が沈みそうになったころやっと、白雪姫はある小さな家の前に出ました。それは七人の小人の家でした。小人たちは鉱山へ出かけていて家にはいませんでした。白雪姫は中へ入っていきました。そこにあるものはどれも小さいのですが、かわいらしくて清潔でした。七枚の小さなお皿ののった小さなテーブルがひとつありました。お皿の横には七本の小さなスプーンと七本の小さなナイフとフォーク、七つの小さなコップがありました。そして壁際には、七つの小さなベッドがきちんとカバーをかけられて並んでいました。白雪姫はお腹はペニペこ、喉はからからだったので、どの皿からも野菜とパンをすこしずつ食べ、どのコップからもぶどう酒を一滴飲みました。そしてとても疲れていたので横になって眠りたくなりました。そこで七つの小さなベッドをひとつずっ試してみましたが、どれもうまく合いません。ようやく七つ目のベッドまで来て、そこに横になって眠りこみました。

 夜になって七人の小人が仕事から帰ってきました。そして七つの小さな明かりを灯すと、誰か家に入った者がいるのに気づきました。一番目の小人が言いました、「おいらの椅子にすわったのは誰だい?」二番目の小人が言いました、「おいらの皿から食べたのは誰だい?」三番目の小人が言いました、「おいらのパンをとったのは誰だい?」四番目の小人が言いました、「おいらの野菜を食べたのは誰だい?」五番目の小人が言いました、「おいらのフォークで刺したのは誰だい?」六番目の小人が言いました、「おいらのナイフで切ったのは誰だい?」七番目の小人が言いました、「おいらのコップから飲んだのは誰だい?」それから一番目の小人があたりを見回して言いました、「おいらのベッドに入ったのは誰だい?」二番目の小人も言いました、「おい、おいらのベッドにも寝たやつがいるぞ」。そうして七番目の小人までみんなが、次々にそう言いました。そして七番目の小人が自分のベッドを見ると、そこには白雪姫が横になって寝ていました。そこで小人たちはみんな駆けよって、驚いて大きな声をあげました。そして七つの小さな明かりを持ってきて、白雪姫をしげしげと眺めました。「おい、こいつはたまげた。なんてきれいなんだろう」、みんなは大きな声で言いました。お妃さまから白雪姫のことを頼まれていた小人たちは、とてもうれしくなりました。そして起こさずに、そのベッドに寝かしておきました。七番目の小人は仲間のベッドで眠りました。それぞれのベッドで一時間ずつ寝ているうちに夜が明けました。

 白雪姫が目をさますと、小人たちが、ベッドの周りを取り囲み覗き込んでいました。そこで白雪姫は、お母さんが自分を殺そうとしたので逃げてきたこと、そして一日じゅう走ったあげく、この家にやってきたことを話しました。小人たちは、不思議そうな顔をして白雪姫の話を聞いていましたが、しばらくひそひそと相談した後で、こう言いました。
「家の仕事をしてくれて、料理をしたり、針仕事をしたり、寝床を直したり、洗濯をしたり、編み物をしたり、家の中をきちんときれいにしてくれるなら、おいらたちのところにいてくれよ。なにも不自由はさせないから。おいらたちは夕方には帰ってくる。それまでに食事の用意をしておいておくれ。昼間は鉱山で金を掘っているから、おまえひとりきりだ。いいかい、この家から出るんじゃないよ。そして、誰も中へ入れるんじゃない。この家に、お前さんがいることは、誰にも知られないようにするんだよ」
それを聞いた、白雪姫は腹を立てて、
「私を誰だと思っているの。わたしは、この国のお姫さまなのよ!料理をしたり、針仕事をしたり、寝床を直したり、洗濯をしたり、編み物をしたり、そんな家の仕事なんて、私のすることじゃないわ。まして、私のような子供にそんなたくさんの仕事なんてできやしないわよ」
 小人たちは、お妃さまから聞いていた通りの傲慢さにあきれて、思わず顔を見合わせましたが、
「それじゃあ、気がついたことだけでも、してくれればいいさ。でも、お妃さまや手下がお前さんを殺しに来るかも知れないから、この家から出るんじゃないよ。そして、誰も中へ入れるんじゃない。この家に、お前さんがいることは、誰にも知られないようにするんだよ」
そう言って、仕事に出かけてしまいました。

 夜、王さまがお城に戻ってくると、お城では、白雪姫がいなくなって大騒ぎをしておりました。
 王さまは、嘆きのあまり床に臥して、泣いて、泣いて三日間泣き続けました。
 王さまは、諦めきれずに、白雪姫のろう人形を創らせ、よく見えるようにガラスの棺を作らせ、その中に白雪姫の人形を寝かせ、上に金の文字で名前と生まれを書きました。 見ると白雪姫はまだ生き生きとして、すこしも人形のようには見えず、また美しい赤い頬をしていました。 雪のように白く、血のように赤いままでした。もし目を開けることができたら、その目は黒檀のように真っ黒だったことでしょう。まるで寝ているようにそこに横たわっていました。
 王さまはその美しさをいくら見ても見あきることがありませんでした。王さまは、棺が横にないと、なにひとつ喉を通りませんでした。王さまは、その棺を自分の部屋へ置かせました。王さま自らそのかたわらにすわり、片時も目を離しませんでした。そして自分が出かける時には、いつも召し使いたちに棺を担いでお供させ、どうしても、棺を持っていけないときには、白雪姫を見られなくなると、とても悲しい気持ちになりました。

 お妃さまは、森の中で暮らしている白雪姫のことを心配され、様子を見に行こうとしたが、王さまに知れるといけないので、出かけるときには、もの売りのおばあさんに変装し、顔に色を塗って、誰にもわからないようにして、小人たちの家へ出かけていきました。
 お妃さまは戸を叩くと言いました。
「開けておくれ、開けておくれ。わたしはもの売りのばあさんだよ。いいものを売りに来たよ」
 白雪姫は窓から外を見ました。
「いったいどんなものがあるの?」
「胸紐だよ、おじょうさん」
 おばあさんはそう言うと、黄と赤と青の網で編まれた紐を一本取り出しました。
「これがいいかい?」
「ええ、欲しいわ」
と白雪姫は言いました。正直そうだし、この優しそうなおばあさんなら中へ入れてもいいだろう、と白雪姫は思いました。そこで戸の閂を上げて、その紐を買いました。
「おや、なんてだらしのない結び方だろうね」
 おばあさんが言いました。白雪姫は、いままで自分ひとりで胸紐を結んだことなどなかったのです。
「こっちへおいで。わたしがもっとうまく結んであげるよ」
 白雪姫がおばあさんの前へ立つと、おばあさんは紐を取って白雪姫をきつくきつく絞めつけました。いままで、甘やかされて育った白雪姫は息ができなくなって、気を失って倒れてしまいました。お妃さまは、慌てて紐をほどこうとしましたが、きつく結びすぎてほどけなくなってしまいました。
 それからまもなくして夜になると、七人の小人たちが家へ帰って来ました。お妃さまは、心配しながらも小人たちに後のことを任せて、お城に帰って行きました。小人は、白雪姫を抱き起こすと、胸紐をまっぶたつに切りました。すると白雪姫はようやく気がつきました。
「これはあのお妃さまにちがいない」
小人たちは言いました。
「おまえの命を奪おうとしたんだ。気をつけなくちゃだめだ。もう誰も中へ入れるんじゃないよ」

 お城に帰ったお妃さまは、後に残してきた白雪姫のことが心配で、鏡の前へ行ってたずねました、
「鏡よ、壁の鏡よ、国じゅうで一番王さまに愛されている女は誰?」
すると鏡はこう答えました。
「お妃さま、あなたがここでは一番美しい、けれど七つの山のむこうにいる白雪姫はあなたの千倍も愛されている」
 お妃さまは、白雪姫が無事でいたことにほっとしながらも、まだ、しばらくは、白雪姫をお城に戻せないとがっかりしました。

 しばらくして、白雪姫のことが心配になったお妃さまは、櫛を持って、まったく別の姿に変装をして、また出かけていきました。お妃さまが戸を叩きました。すると白雪姫は大きな声で言いました。
「わたしは誰も中へ入れてはいけないんです」
 そこでお妃さまは櫛を取り出しました。白雪姫はそれが光るのを見て、それにその人がまるで見たこともない人だったので、戸を開けて、その櫛を買いました。
「こっちへおいで。わたしが髪をとかしてあげよう」
 もの売りが言いました。ところが櫛が白雪姫の髪に刺さったとたん、白雪姫は倒れてしまいました。
 お妃さまは、何が起こったのか訳が判らずにおろおろしていると、 小人たちが、ちょうどうまいときに戻ってきました。小人たちに事情を話すと、後のことを自分たちに任せるように言って、お妃さまをお城に帰しました。
 小人たちは、白雪姫の髪を櫛で梳いたとき、髪の中にいた毒虫を潰してしまったのだとすぐに気がつき、毒消しを白雪姫の髪に擦り込んであげました。すると白雪姫は目を開けて生き返りました。そして、もう決して誰も中に入れない、と小人たちに約束しました。

 お城に帰ったお妃さまは、後に残してきた白雪姫のことが心配で、鏡の前へ行ってたずねました、
「鏡よ、壁の鏡よ、国じゅうで一番王さまに愛されている女は誰?」
 すると鏡はこう答えました。
「お妃さま、あなたがここでは一番美しい、けれど七つの山のむこうにいる白雪姫はあなたの千倍も愛されている」
 お妃さまは、白雪姫が無事でいたことにほっとしながらも、王さまの偏執的な幼女愛をどうしたものかと考えました。

 それからお妃さまは秘密の部屋へ行くと、誰も入ってこれないようにしました。お妃さまはそこである薬のしみ込んだりんごを作りました。それは見た目には美しく赤い頬をしていて、見た者は誰でもそのりんごが欲しくなりました。それからお妃さまは百姓女に変装し、小人の家へ行って、戸を叩きました。白雪姫がのぞいて言いました。
「わたしは、誰も中に入れてはいけないの。絶対にしてはいけないって、小人たちがわたしに言ったの」
「そうかい、おまえさんが欲しくないなら、無理にとはいわないよ。わたしはりんごを全部片づけちまいたいのさ。さあ、ひとつあげるから試しに食べてごらん」
「いいえ、なにかもらってもいけないの。小人たちがいけないって」
「こわがってるんだね? それじゃあ、このりんごを二つに切って、半分をわたしが食べよう。このきれいな赤いほうはおまえさんが食べたらいい」
 ところがこのりんごはとてもうまく細工されていて、赤いほうの半分にだけ薬がしみ込んでいました。白雪姫は、百姓女が自分でもりんごを食べるのを見ているうちに、りんごを食べてみたい気持ちがどんどん強くなってきて、とうとう窓から手をのばして残りの半分を受け取ると、かじりつきました。けれどもりんごのひとかけが口に入ったとたん、白雪姫は地面に倒れてしまいました。
 お妃さまは、白雪姫の喉仏と股間を確かめて、初めから、この子が男であればこんな悩みなどなかったのにと思いながら、小人たちに、白雪姫をお城に運ぶように言いつけました。

 お妃さまは喜んでお城に帰ると、鏡にたずねました。
「鏡よ、壁の鏡よ、国じゅうで一番王さまに愛されているは誰?」
 すると鏡が答えました、
「お妃さま、あなたがこの国で一番愛されている」
「やれやれこれで気持ちが落ち着いた」
 お妃さまは言いました。
「これでまたわたしがこの国一番王さまの愛を受ける身になったのだから、王さまの病気もこれで収まるだろう」

 小人たちは、薬が効いてぐっすり眠っている白雪姫をお城に運ぶと、隙を見て、棺の中のろう人形の白雪姫とすり替えました。
 そこに、 いつも棺を担いで歩かされている召し使いたちが忍び込んできて、
「死んだ娘ひとりのおかげで、おれたちは一日じゅうひどい目にあってる」
と、 ひとりが棺を開けて、白雪姫を持ち上げると、背中を手でどんと殴りました。それで、白雪姫は眠りから醒めました。
 召使いたちは、びっくりしてさっそく王さまに知らせました。
 王さまは人形だと思っていた白雪姫に命がさずかって、うれしさのあまり、どうしていいのかわかりませんでした。

 白雪姫は、王さまに、お母さんが自分を殺そうとしたので逃げたこと、変装したお母さんが森まで自分を殺しにきたことを話しました。そして「わたしも、お父さまと一緒な体になれたわ」とうれしそうに話しました。
 話を聞いた王さまは、白雪姫の体を確かめると、
「お前の体は、姫への愛の証に、神さまがろう人形に宿らせてくださった命なのだから、私の娘ではない。これからは、わたしの妃だ」と言って、お城の中から、全ての女を追いだし、若い奇麗な男たちを選んでドレスを着せ、白雪姫の侍女にしました。

 白雪姫がお城に戻った日、お妃さまは鏡の前に立ってたずねました、
「鏡よ、壁の鏡よ、国じゅうで一番王さまに愛されているのは誰?」
 すると鏡が答えました、
「お妃さま、あなたがここでは一番美しい、けれど若い新しい女王さまはあなたの千倍も愛されている」
 これを聞いてお妃さまは驚きました。
「新しい女王さま?」
 お妃さまは、訳が判りませんでした。お妃さまが困惑していると、突然、部屋の扉が開き王さまの家来に取り囲まれて、捕らえられてしまいました。
「魔法の鏡を使って、白雪姫を殺そうとしていたな。お前は、やはり魔女だったんだ」
 お妃さまは、鏡の呪文の秘密を見られてしまったのです。

 お妃さまは、王さまにあわせて欲しいと頼みましたが、その前に、お妃さまは咽を焼かれてしまったので王さまに真実を話すことはできませんでした。
 新しい妃が決まって、お妃さまは、罪人として裁かれることになりました。
 お妃さまは、二人の結婚式に罪人として引き出されました。そして、新しいお妃が、性転換させたはずのじつの娘の白雪姫だと知ったのです。
 お妃さまは、そこで初めて、王さまが、本当に愛していたのは、「女」ではなかったのだと判りました。
 式場の真ん中には鉄板が火の中で真っ赤に焼かれていて、妃は鉄の上履きを履いてその上で踊らなくてはなりませんでした。裁判官は、お妃さまが潔白ならば、やけどはしないと言いました。足はひどいやけどになり、肌に焼けついて、鉄の靴を二度と脱ぐことはできなくなりました。
 そして、毎晩、王さまとお妃(白雪姫)、ふたりがいっしょに食卓について楽しく食事をする前では、罪人となったお妃さまが真っ赤に焼けた鉄板の上に立たされ、死んでしまうまで踊らさせられたのでした。

(陽子のあとがき)

 この話は、グリム童話の初版をコラージュしたものです。喉仏のことを、英語でAdam's appleといいます。白雪姫は、毒リンゴを咽に詰まらせて仮死状態になってしまうのですが、なんだか現実離れしていますよね。もしかしたら、白雪姫が咽に詰まらせたリンゴは、喉仏の隠喩かも知れません。だとしたら、毒リンゴは、性転換の薬だったのかも知れないと思ったのです。白雪姫は、本当は男だった!なんて、ちょっと面白い話だと思いませんか。
 一時期、「ほんとうは恐ろしいグリム童話」というのが流行りましたが、グリム兄弟は、伝承されていた民話から性的な表現を取り去り、残酷なシーンを盛り込んで、ずいぶん教訓的なお話しに変身させているようです。もともとの伝承では、白雪姫は7才の女の子、白雪姫を森に追いやったのは継母ではなくて、じつの母親。そして、小人から白雪姫の棺をもらい受けたのは、王子様ではなくてじつの父親となっているのです。この物語に限らず、グリム兄弟は、男女の役割について、女性は常に受け身で、家庭にいることが幸せの秘訣であるような価値観で書き直しています。誰でも知っている、白雪姫のお話ですが、こんなところにも男女観の刷り込みがあるのですね。

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