その日から四日間、君絵は真琴の身体を女性に弓魅力的な女性に仕立て上げることに費やした。
これが大ごとだった。最初のうち、真琴は逃げ回り、足をつっぱってドレッサーの前に座ることを拒否し、君絵が手鏡や紅筆を手にすると、全力で抵抗してそれを放り出した。
「もう、マコちゃんたら!」とうとう腹を立てて、君絵はどんと足踏みをした。「協力してくれるって言ったのに、ウソつき」
「死んでも化粧なんかイヤだ」真琴は頑張った。
「だけど、ここまで来たらお化粧なんて大したことないじゃないの。ウィツグを選ぶほうがよっぼど恥ずかしかったでしょうに」君絵は不満げに言う。「ヘンなの。デパートで見かけたけど、このごろでは男性だってメイクアップするみたいじゃない」
「それとこれとは違うよ」
「違わないわよ。使うものは同じなんだもの」
それからしばらくのあいだ、真琴には彼女の存在が感じられなくなった。ドレッサーの鏡に映る自分に、真琴は恐る恐る呼びかけた。「いないの?」「いるわよ」君絵は、なにか考え込んだような声だけで返事をした。どうやら、じっと真琴を観察しているらしい。彼はそわそわしてきた。
「わかった」やがて出て来ると、君絵は楽しそうに言った。「どうしてかわかったわ。マコちゃん、怖いんでしょ」
彼女はうふふと笑った。つまり真琴の顔がうふふとほころんだのだ。
「安心して。あたし、化粧には自信があるの。マコちゃんの目にアイブロウ・ブラシを突っ込んだりしないから」
図星である。真琴は一生懸命説明した。
「そりやあ君は化粧上手かもしれないよ。だけど、今これからやろうとしていることは、一種のリモート・コントロールみたいなもんでさ、君は、生まれてこの方、化粧なんかしたことのない僕の手を使おうとしているわけで!」
「大丈夫よ」君絵はきっぱりと答えた。「安心して任せて」
真琴は肩を落とした。では、いよいよ女装の最終段階にかかるのか。まあしかし「男」の顔で女性の衣服を着ているよりも、そのほうがかえってマシかもしれない。
「ホントに、長い間のことじゃないんだね?」鏡をのぞいて、念を押した。「必ず、僕の身体を返してくれるんだろ?」
「絶対に、約束は守るわ」君絵はうなずいて、仕事にかかった。
それは、見事な技術だった。最初のうちは緊張していた真琴も、我と我が手のしなやかな動き、微細なアイラインを引き、唇の形を修正し、頬紅をはき、シャドーを入れて、鼻筋をすっきりと見せていく彼女の手際に、感嘆して見とれるようになった。君絵はいろいろと実験し、クレンジング・クリームでそれを落としては、また別の顔にチャレンジしていく。
「女の子って、こんなに自由自在に自分の顔をつくれるもんなんだね……」
真琴が溜息混じりにつぶやくと、君絵が出て来てにっこりした。
「マコちゃん、恋人はいないの?」
「残念ながらね」今さら君絵に隠し立てすることもない。「寂しいけど、僕はモテないんだ―ち、ちょっと、それで何すんのさ?」
君絵は今、真琴の手に洗濯パサミの親戚のようなものを持たせているのだ。
「マツゲをカールさせるの」彼女はあっさり答えた。「マコちゃん、長くていいマツゲをしてるんだけど、ちょっと上向きにしてあげないと、マツゲが影を落として、寂しそうな顔になっちゃうのよ。コラ、逃げないで」
急に退却にかかったので、真琴は左手に持たされていた手鏡で、したたか頭を叩いてしまった。ほらごらんなさい、と君絵は笑い、コントロールを取り戻してマツゲの細工にかかる。洗濯バサミが近づいて来ると、真琴はスプラッタ映画のヒロインのように騒いだ。
「うるさいなぁ、口は閉じて。でも目は開けてていいわよ。うんと大きく見張ってて」
マツゲをはさみつけながら、君絵は話を戻して続けた。「マコちゃんがモテないなんてどうしてかしら。周りの女の子たち見る目がないのね」
彼女が作業を終えるまで息を殺していた真琴は、ようやく答えた。「そうじゃないさ。 僕に魅力がないんだよ」
「そんなことないわ。それじゃ駄目よ。自信を持たなくちゃ。あたし、マコちゃんはすてきな男だと思うわ」
真琴は苦笑した。「そりゃ、君が今こうして僕に居候しているからだよ」
「ううん、違う。あのね、女の子たちがマコちゃんに注目しないのは、マコちゃんが引っ込み思案だからよ」
「だってさ」君絵が口紅を引き終えるまで、真琴は口をつぐんだ。「僕は兄貴たちみたいに男前じゃないし、スポーツ万能でもないし、しやれた口説き文句の一つも言えないし」
「女の子はそんなもの求めてやしないわよ。男の入って、ヘンなところにこだわるものなのね」