(千草色)

抱 擁

勝目 梓 祥伝社(1995)

 のっけから過激な話ですが、あなたは女装して女性とセックスしたことがありますか?
 そんなセックスにあこがれますか?
 この小説は、自分のからだがしだいに女性化してゆくポルノ作家村井浩介が、海岸で一人の女性マイコを助ける物語です。主人公のポルノ作家が一人称で語る私小説の形式をとっていますから、表現が過激というか開っ広げというか、刺激が強いと思われる方が多いと思いますが、ちょっぴり怪談っぽい小説ですから、暑くて眠れない夜には面白いかもしれません。(18才未満禁止、ただし既婚者を除く)

 どうしても、自分のアイデンティティーにこだわらずにいられない男の性(サガ)と、流れに身を委ねて受け入れていく女の性の対比が面白かったので、少し長めに引用させてもらいました。男が分類するということや所属するということだけで安心してしまって、本来の存在の意味を忘れてしまったり求めようとしないのは、私は、どこかの国の学歴社会を勝ち抜いてきた政治家やお役人の頭の中を覗いているような気がしますが……。


「何が信じられない気分なの?」
「レズビアンみたいだから……」
「たしかにね」
「女でも人のおっぱいってとっても気持がいいものなのね、こうしてると。わたし初めての経験だわ。自分の中にレズビアンの気があるなんて知らなかった。それが信じられないの」
「たしかに部分的にはレズビアンだと言えるけど、全部がそうだということにはならないんだよ」
「わかってるわ。あなたの躯からは、枯草のようなおっぱいの匂いもするけど、硬くなって脈打っているペニスの草いきれのような匂いも漂ってくるもの」
「すばらしく鼻が利くんだね」
「わたしが真性のレズビアンだったら、あなたの肉体が宝物のように思えるわね、きっと。だって乳房とペニスの両方がついてる躯って、レズビアンのタチ役としては完璧のはずよ」
「そういうことになるのだろうか。そうなるのだとしたら、タチ役のぼくの中の男性としての存在はどこに行っちまうのかね?」
「わからないわ。わからなくてもいいんじゃないの?」
「そうかな? そのときのぼくは、レズビアンの女として、ネコ役の女の相手をつとめてることになるのかね? それとも男としてレズビアンの女のパートナーを仰せつかることになるのかね?」
「両方なんじゃないの。わからないけど。理屈はいらないと思うの、セックスには。理屈からいちばん遠くに離れたところにあるのがセックスでしょう?」
「そりゃそうだけど‥…・」
「そこに理屈を持ちこむのは意味のないことだと思うわ。宇宙のように、ただそこにあって強大なエネルギーを持っているものがセックスなのよ。ただそこにあるだけのものとしてあるの」
「ぼくの乳房とペニスをいっしょに手につかんでみてくれないか」
「こう?」
 マイコは起きあがってあぐらをかき、右手でぼくの乳房をつかみ、左手を下着の中にすべりこませてペニスを握りしめた。
「どんな気がする?」
 私はマイコを見てたずねた。
「どんなって?」
「つまり、あなた自身は自分がいま男性と一緒にベッドにいる気がしてるのか、それとも女性と戯れている気分なのかってことさ。どっちなの?」
「どっちでもないわ。ただペニスとおっぱいがわたしの手の中にあると思うだけよ」
「ぼくが男性か女性かってことは気にならない?」
「ほとんどね。ただ肉体だと思うだけだわ。男でもあり女でもある肉体。男でもない女でもない肉体がそこに在る。それだけのことだと思うわ」
「なるほど……」
「どうして何かでなきゃいけないの?」
「いけないということはないんだろうけど…‥」
「わたしのおっぱいと性器を一緒に手でさわってみて」
 マイコは言って、自分でパジャマと下着を脱いだ。私は起きあがってあぐらをかき、マイコと向き合って彼女の乳房に左手を押し当て、右手を内股にさし入れて陰毛の上から女陰のやわらかいふくらみに当てがった。私の右手の中指の先は、すたれずに残っていた前世の記憶か習慣に命じられたかのように、マイコのクレバスの中に隠れているやわらかい、くぼみのあたりに浅く割り込んでいった。そこには温い液体が潤沢に湛えられていてくぼみのやわらかな肉の感触とともに私の指先を包みこみ、私はその体液の豊富なことと肉の豊かで深いやわらかさに、またかすかなひけめと羨望を覚えた。
「あなたはどうなの? いま‥‥」
 マイコがあぐらのままで脚の付根のあたりを閉じるようにして寄せ合い、内股で私の手をはさみつけながら言った。
「どうって何が?」
「あなたは自分が男性であるつもりで、いまわたしをさわってる?それとも女性のつもり?」
 訊かれて私は眼を閉じ、自分の中にその眼を向けた。視えてきたものは自分の胸の小さな乳房とペニスと、オナニーのたびに手鏡に映して見ている女陰のような陰嚢とその下の不思議なくぼみの姿だった。
「よくわからない。男のつもりでいるんだけど、曖昧なんだよ」
「わからないのは当然だと思うわ。自分が何かであるはずだという前提に立って考える限りはね。そういう前提とくらべて眺めれば、眼に映る自分の姿はどんどんあるべき姿から遠ざかっていくんじゃないかしら。だってわたしたちの肉体は、もともと何かであるべきものとして存在しているわけじゃないんだもの」
「ただそこに在るだけのもの?」
「そうだと思わない? あなたはいま男でもない女でもない肉体そのものとして、わたしの肉体に接触して、そこから快楽を得ようとしているだけ。それだけで十分でしょう?」
「そう言われればそうかなと思うしかないけどね」
「わたしが言いたいのは、肉体には機能と形だけがあって、その形というのは機能の必要から生じているだけで、その形そのものには意味とか存在理由なんかたいしてないんだということなの」
「じゃあ、精神とか心とか魂というのは、あなたの考えではどうなってるの?」
「そうね。たとえて言えば肉体は過ぎてゆく時間のようなもので、精神とか魂というのは宇宙そのもののような無限の空間にあるものと言えばいいかしら。だから肉体は変化するし滅びるけど、魂は滅びないわ。永遠に生きつづけるの。滅んだ肉体の跡をひき継いで」
「それはわかる。だけど肉体の形に意味はないというのがわからない」
「なぜ?」
「ぼくの性器を見てくれないか」
私は言って仰向けになり、脚を開いて股間をマイコの眼に曝した。茶色っぽい輝きの薄いマイコの眸が、私の性器に向けられてきた。私は不安と恥を歯をくいしばってこらえた。マイコの手が勃起をつづけている私のペニスを腹部のほうに向けて倒し、手で押えた。そのために大陰唇さながらの陰嚢の眺めを遮るものがなくなった。マイコの指がクレバスそっくりの中央のわれめをそっとなぞった。
「女の性器にそっくりだろう。そう見えないか?」
「ペニスがなければどう見ても女性の性器だわね」
「膣に似たものもあるんだ。さわってもらうのはあなたが初めてだけど」
 マイコはクレバスのふうのわれめに添って指先をすべらせて、やわらかいくぼみを指頭でまさぐった。
「穴はあいてはいないけど、指は入っていくのね」
「そうなんだ」
「穴がほしいと思ってるの?」
「そう思うときもある。思わないときもある。ぼくほ自分が何をほしがっているのかわからないんだよ。正直なところ」
「感じるの? この膣みたいなところをこうすると」
「とっても感じる」
「ここがちゃんとした膣になって、穴もできて、興奮したらわたしのみたいに濡れるようになったとしたら、あなたは自分が何者であるということを納得することになると思う?もちろんこの立派なペニスがここについたままでの話よ」
「納得するだろうね。両性具有者として」
「それは何か特別に意味のあることなの? 自分が両性具有者であると納得することが」
「少なくともいろんなことがはっきりはするだろうね」
「そうかしら。男が自分を男であると納得したり、女が自分は女だと思ったりすること
と、両性具有者が自分をそういうものとして認めることは、みんなたいして意味のないことだと思うわ。つまりは形のちがいだけでしょう。形ははじめからはっきりしてるわ」
「ぼくは途中から変ってしまったんだよ、形が‥…・」
「どうしても自分が何者であるかいうことを納得したいのだとしたら、両性具有者の場合は、自分のペニスと自分のヴァギナとでセックスをして、自分で自分の子供を孕んで産むしかないと思うな。つまりあなたのこだわっていることは、そういう閉ざされたまま自己増殖していくアメーバ的世界なのだと思うわ」
「そうかもしれない‥…・」
「それよりもあなたは、いま勃起しているこのペニスにこだわるべきだわ。それから濡れているわたしのヴァギナにも。男であるか、女であるか、両性具有なのかなんてことは、肉体の形のことだからこだわっても仕方がないわよ。どうしてもこだわるのなら、自分は乳房と大陰唇と穴のない膣とを持った男だと考えてもいいし、ペニスを持った、しかし膣だけは不完全なままの女だと考えてもいいじゃないの」』

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