【燕脂(えんじ)】

ギリシャ神話

 古代ギリシャは、多様な民族が入り交じったるつぼのような国でした。異なったものの考え方、生活様式、芸術、宗教が併存していました。それぞれに、特有の信仰や伝統があり、神話にもいろいろな異伝異説がありました。また、時代や地域によって儀式や祭典も異なりますが、主要な神々の話は共通でした。
 古代ギリシャでの女性の地位は低かったのですが、儀式の中には、テスモポリア祭、スキラ祭のように女性だけの祭や、「エレウシスの秘儀」のように男性は女装して参加しなければならない非常に女性色の強い秘祭もありました。

 ギリシャ神話の中には、色々な変身譚が出て来ます。当然、性転換や女装の話もたくさんあります。今回は、この中で、預言者テイレシアスと両性具有のヘルマフロディトス、アンドロギュノスについて紹介します。

●テイレシアス(Teiresias)

 テイレシアスは、オイディプスで有名なテーバイの預言者です。彼は非常に優れた予言力を持っていた為、神の怒りを買い、ゼウスとヘラの論争の実験台にされました。
テイレシアスが、キュレネー(またはキタイロン)の山道を散策していると二匹の蛇がからみあっているのを見かけました。これを打つと女性に変わってしまいました。女になったテイレシアスは、7年後、再びからみ合う二匹の蛇を見つけ、またそれを打つと、テイレシアスは再び男に戻ったのです。
 ある時、ゼウスとヘラは、男と女では、どちらが性交の際により快楽を感じるかについて問答となり、両方の性を知るテイレシアスに意見を求めました。(ヘラは、男の方が強いから、ゼウスが浮気性なのだと言いたかったらしい)テイレシアスは、男と女では、その比は1:9で女の方であると答えたので、ヘラは怒り、彼を盲目にしてしまいました。
 しかし、その答えに喜んだゼウスは、彼に予言の力と、7世代分の長寿を与えたといいます。(オウィディウス『転身譚』)

●ヘルマフロディトス(Hermaphroditus)

 ヘルマフロディトスは、ギリシャ神話の神の名前で、紀元前4世紀の彫刻では、乳房を有する美青年として登場し、その後の時代になると、男性の性器を持った女として表されるようになりました。
 ヘルマフロディトスはヘルメスとアフロディテの合わさった人格を有する、という意味です。
 ヘルメス(HERMES)は、ハンドバッグやスカーフのブランド名でおなじみですが、ギリシャ神話では、富と幸運の保護者です。彼は竪琴、アルファベット、数、天文、音楽、度量衡の発明者で、商売、賭博、競技の神様です。
 一方、アフロディテ(Aphrodite)は愛と美と豊穣の女神です。
 愛と美の女神アプロディテとヘルメスの間に生まれた美しい少年ヘルマフロディトスは、生まれてすぐにイデ山のニンフたちに養育されていました。15歳の時ヘルマフロディトスは、リキュアを訪れました。そのとき、彼を見たハリカルナッソス近くの泉の妖精サルマキスは、彼に夢中になってしまい、サルマキスはヘルマフロディトスに誘いをかけるますが、ヘルマフロディトスはただ頑なに拒むばかりで、サルマキスはひとまず引き下がらざるを得ませんでした。ある日のこと、夏の暑さも手伝ってヘルマフロディトスは泉に飛び込み泳ぎだしました。それを見ていたサルマキスは己も水中に潜り、無我夢中でヘルマフロディトスに抱きつく。そして「何者も私たちを引き離すことが出来ないように」と神々に祈りを捧げました。願いは聞き入れられ、二人の体は結びつき、男でも女でもなく、男でもあり女でもあるように変化してしまったのです。悲しみにうちひしがれたヘルマフロディトスは、泉で水浴する者の性を奪う力を天に願い、以来、サルマキスの泉で水浴すると男性は不能になってしまうと伝えられます。(オウィディウス『転身譚』)

●アンドロギュヌス(androgynous)

 アンドロギュヌスは、古代ギリシャの哲人プラトンの「饗宴」の中で、アリストファーネスがエロスについての演説の中で語られている神話に登場します。
 太古の昔人間は現在とは違う存在でした。まず人間には、男の種族、女の種族、そして両性を備えた種族(アンドロギュヌス)の三つの種族がありました。
 その姿は、円い背、円筒状の横腹をそなえ、四本の手および四本の足を持ち、円筒形の首の上には似通った二つの顔。この顔は互いに反対側を向いていました。顔の上には一つの頭があり、耳は四つ。性器は二つでした。それゆえ、一つの個体がそれぞれで充足した一つの全体をなしていました。その姿が丸いのはそれぞれ男が太陽、女が大地(地球)、そして両性を備えた男女は、太陽と地球の両者に依存する月に由来しています。
 ところで、この太古の人間は力強くそして傲慢な意志を持った存在でもありました。そしてある時神々に叛乱を企てるので、神々は困って、「人間を滅ぼしてしまうと人間からの捧げ物がなくなってしまう。さりとてこのままの状態を見過ごすわけにはいかない。なんとか人間を滅ぼさず、しかも人間の力を弱めたいものだ」と考え、そこでゼウスは「人間を真っ二つに両断しよう」と決断しました。その言葉通り、人間は一人残らず真っ二つに切断され、そして、ゼウスの命を受けたアポロンが、彼らの傷を癒し、頭の向きを変え、臍や胸を形成し、そうして人間の身体に仕立てていったのが現在の人間の姿なのです。
 ところが、いずれの半身も、もう一方の半身に憧れ、これを追い求め、一緒になろうとしました。そして、腕を絡め合って互いに抱擁したまま何もできなくなってしまいました。半身のままでは、働くことも生きていくこともできなかったのです。そこで、ゼウスは、彼らの性器を身体の脇から前に移動させ、男が女の内部に子孫を生産し得るようにしたのです。これにより、男と女は抱擁のうちに2つの者から1つの者をつくることで、人間の欲を鎮め、再び仕事にて人生の営みを続けることができたのです。
 それ以来、人間は己の失われた半身を焦がれ求めるといいます。これが、いわゆる恋心なのです。(プラトン『饗宴』)

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