とりかへばや物語

(巻三)

16 別れの時
17 右大将の失踪
18 右大将と四の君と
19 尚侍の決心
20 右大将の出産
21 若君との別れ
22 右大将の帰京

16 別れの時

 四月になると、右大将は次第に身重の身体がつらくなって、忍び歩くのも苦しくなってまいりましたが、努めてさりげなく振る舞っておられました。
 権中納言は、気安く逢えないので、
「どうしてまだそのような姿でいるのですか。そんな体では人目にもつきます。見咎める人でもいたら、どんなに大変な事になるかわかりません。」
と、しきりに右大将に言い聞かせ、宇治の父・式部卿宮の領地にある邸宅をたいそう趣のある館に整えなおして、ここに右大将を迎えるつもりで、いつまでも決心しない右大将に催促してまいります。
 右大将は、この人になびくのはよくないことだと分かっていても、仏さまのように清らかな吉野の宮の住まいに、身重な体で穢れを持ち込むことはひどく無神経で不謹慎なことに思われ、また、素晴らしい姫君達にも、正体を見せて「呆れたはてた事だ」と思われるのも気が引けて、
「他によい方法がないのに、意地を張って権中納言を恨み遠ざけて、親しいとはいえ乳母などに出産の世話を任せるのも恥ずかしいし、どうしたらいいのだろうか」
と思案に暮れる毎日を送っておられました。

「男姿でありながら身重なこの身体をさらして、面倒を見てもらうのは権中納言以外にはないだろう。身重の間はやはり権中納言の世話になって、世間から身を隠すのがいいだろう」
 やっとそう決心した右大将は、権中納言と宇治に身を隠す日を約束しあい、まず吉野山の宮に別れを告げようと、密かに訪れる事にされました。
 右大将は吉野山をお訪ねして以来、万事に細やかに気を配り、庵の扉が閉まらないほどたくさんの品々や姫君達の道具まで送られ、大切に世話をされておられました。
 これほど遠い道のりを厭わずに通ってこられる右大将を、
「あれほど若く華やかな人なのにめったにない心掛けの人だ」
と吉野山の宮の身に深く沁みておりましたので、今度の右大将の訪問も喜んでお迎えになりました。
吉野山の宮が全く隔てなく万事に打ち解けて話されるので、右大将も全ての事情を打ち明けはしませんでしたが、いつにも増して心細い旨を伝えますと、吉野山の宮はご心配になりながらも、
「それほどひどい事にはなりますまい。ほんの少しの間のご辛抱です」
 といって、真心を込めて護身の祈祷などを修されました。
 右大将は、姫君達にもいつものように対面され、
「たとえ私のこの姿が変わったとしても、きっとここを最後の住処と頼みにしてお伺いするつもりですから、私のことをお忘れ下さいますな。この後、三ヶ月ほどはこちらに伺うことはかないません。もし私の命が尽きる定めならば、これが最後となってしまうでしょうが、生き長らえる事ができたら、この姿ではなく、もう少し疎ましくない姿でお目にかかりたいと思っています」
と、しみじみと心の籠もった言葉を掛けられるのでした。
 姫君達は、右大将の驚くほどしみじみと心を込めた話し振りやひどく心細げな様子に驚いて、
「この人こそ、この世での頼りとすべき人なのだ」
と思っていたので、
「一体どうしてしまわれたのか」
と心細く思われて、二人とも泣き伏してしまわれたのでございました。

 京に帰る別れの時、

 またも来て憂き身隠さん吉野山 峰の松風吹きな忘れそ
(必ずまたここに来て辛いこの身を隠しましょう。吉野山の峰の松風よ、姫君たちよ、どうか私を忘れないでいて下さい)

 と詠む右大将に、姉宮は、

 ほどな経そ吉野の山の松風は 憂き身あらじと思ひおこせて
(一日も早くお姿をお見せください。吉野山の松風は憂き身を忘れさせるように、貴方がいなければ生きていけないと思い出して下さい)

 どんな姿になろうとも右大将は約束を違えるつもりはありませんでしたが、しばらく訪れることができないのを案じて、万事にこまごまと秋冬の支度まで気配りをされました。

 思いを定めた右大将は、毎日左大臣邸に伺候されるようになりました。なかなかお会いできず身を案じておられた左大臣さまは、右大将を連日お迎えできることをとても嬉しく思っておいででした。
 また右大臣さまが限りなく大切な婿と思いながらも、四の君に冷たい右大将をむやみに恨んでいることへのこだわりも、今となっては失せ、
「自分が姿を消したらどんなにひどい婿だと思うだろうか」
と心苦しい思いでいっぱいでございました。

 四の君は次第にお腹が大きくなりいかにも愛らしく悩ましげな様子をされていましたが、右大将は別れが辛いという感慨よりも、何かにつけて四の君と語り合い慣れ親しんできた年月のことばかりがしみじみと思い出されるのでございました。
 右大将は、
「四の君はきっと権中納言と比べて男として見劣りすると思っているだろうが、自分の身を考えれば、そんな四の君をかまうことも責めることもできないし、権中納言を見下げることもできない自分が違っていたのだろう」
と今更ながらに思い知らされながらも、今となってはことさら男らしく振舞うことも無用なことと思っておられました。

 夏の調度に改めた涼しげな部屋で、藤襲(ふじがさね)の衣に青朽葉(あおくちば)の小袿(こうちき)を着ている四の君の姿は、艶やかでまるで人形のように愛らしくで、お腹を抱えてやっと物に掴って立ち上がるのも可愛らしく感じられました。
「どのようになっても命さえあれば父君や母上には再び会う事ができようが、この右大臣邸には二度と戻る事はあるまい」
 そう思うと普段は気にも掛けなかった女房たちの立ち振る舞いまでが気にかかってまいりました。
「もしこの世から私がいなくなったら、可哀想だと思ってくださいますか」
 そう言って四の君の傍に近寄って尋ねると、恥ずかしがって顔を赤らめられたお顔も美しく、

 遅るべき我が身の憂さにあらばこそ 人をあはれとかけて偲ばめ
(もし、死に遅れた辛さに耐えて生きていけるのなら、死んだ貴方を可哀想だと偲ぶでしょうが、あなたがいないこの世では、わたしも生きていけそうもありません)

と詠んで言い紛らわす姿には女の愛らしさが見えました。
 あの「人知れぬ恋人であるあなたのほうを」と権中納言に送った恋の歌のことを考えれば、四の君の心のうちが見えて、右大将のどんな好意も消えてしまってもよさそうでしたが、その日はただひたすら愛しく思われるばかりなのを「我ながら愚かしい心だ」と思われるのでございました。

 偲ばれん我が身と思はばいかばかり 君をあはれと思ひおかまし
(偲んでもらえる我が身だと信じられるのなら、どんなに貴女を愛しいと思うでしょう)

「正直なところ、私は、世間の男のように巧みな言葉で飾って貴女の気持ちをもてあそぼうなどと思ったことはありません。ただ貴女を大切にしたいという思いが通じさえすれば、貴女も同じ思いでいてくださるだろうと信じて過ごしてきました。でもそれだけでは貴女に通じなかったようですね。貴女に他の男より愛情が薄いと思われたのを恥ずかしく、貴女にも申し訳ないと思っています。人のうわさに惑わされてあんなことをしてしまったのかと思う事もありましょうが、わたしは、世間の評判や噂話のことなどを気にしているのではなくて、それどころか、ただ心細くこの世が耐えられないと思える時には、ひたすら貴女のことを頼りに耐えてきたのですよ」
 そう言って右大将は袖に顔を押し当てられました。
 四の君は返す言葉も無くて、恥ずかしさに汗がとまりませんでした。

 重苦しい雰囲気に耐え切れず、
「今、父君にお目に掛かったら取り乱してしまうかもしれない。今日は、参上しない方がいいだろう」
と、尚侍(ないしのかみ)の所に行くことにされました。
 いつもよりきっちりと身なりを整えられると、いつになく四の君の傍に近寄り言葉を掛けられました。
「これから内裏に参ります。宿直(とのい)が必要ならばそのままお勤めしますが、そうでなければすぐに帰ってきます」
 そして女房達には、
「今日はご機嫌が優れないようですから、いつもの晴れやかなお姿が見れるように御前にいて下さい。」
と命じて出掛けられようとすると、幼い姫君がいかにも可愛らしい仕草で両手を差し伸べながら寄って来られました。その姿が何とも可愛らしいので立ち戻って腰を下ろされました。
「この私が父君とは……。傍目には親子と見えているだろうに、これでほんとうに赤の他人となってしまうのか」
 幼い姫君を抱きかかえ、愛らしいその顔を見ていると涙がにじんでくるのでございました。
 右大将は、着ている指貫(さしぬき)の裾までこぼれるほどの魅力に溢れ、前駆の者達が参上するまでの間、縁の端に立ち止まり、
「翠竹(すいちく)の辺の夕べの鳥の声」
とゆったりと吟詠されるお声は、聞く者全てが聞き惚れるばかりでございました。 
 右大将は十九歳、四の君は三つ年上の二十二歳のことでございました。

 右大将が宣耀殿(せんようでん)においでになると、いつも尚侍(ないしのかみ)の世話をしている女房達が庭で撫子の手入れをしており、尚侍は三尺の御几帳の陰からそれを御覧になっておられるところでした。のんびりと世間話をしているうちに、女房達も御几帳の後ろに身を潜めて誰もいなくなったので、
「去年の秋頃から気持ちが乱れ、時折わけもなく心細く感じられてならないのは、このような姿で日々を送くる辛さだけではなく、我が運命も尽きてしまったのではないかと思われてなりません。いっそ出家でもしてこの世から身を隠したいと思い悩むにつけ、残された父君や母上だけでなく、ただ一人の兄妹で、まして女姿で世に出ておられるあなたのことが案じられてなりません。」
と、右大将は涙を浮かべて話されました。
 どうしようもなかった尚侍の人見知りも、こうして内裏の内で暮らして世間の有り様が分かっていくにつれ、
「人には秘密を知られぬように身を慎まなければいけないが、この方だけは同じ悩みを分かってくれる数少ない私の兄妹なのだ」
と親しみを感じ、頼りにもしていたので、自分と同じ思いを告白されて涙を流される右大将を見て、
「年月が過ぎていくにつれて、私もこのような自分の姿が普通でないとわかってまいりました。他に私のような者はいないのでしょうね。どうにもならないからと言って今更、男姿で世間に交じることもできません。ほんとうに奇妙な宿命だと思い知らされています。
 これまでは私一人の胸のうちに秘めてきましたが、貴方が深山に身を隠したいとおっしゃるように、私も同じことを考えながら過ごしてまいりました。それにしてもいつまでも今のように過ごすこともかなわないでしょうね」
 尚侍は、そう言って涙を流すのでございました。

 藤の織物の御几帳を引き寄せ、撫子の衣に青朽葉色の小袿(こうちき)を身に纏い、御几帳からわずかに見せる姿は類ないほど素晴らしく、
「ああ、本来はわたしがこのような姿であるべきだが」
と右大将は、改めて尚侍の行く末を案じるのでございました。
 尚侍は、華やかで匂い立っていた右大将の顔がすっかりやつれているのを見て、
「他人の前では威儀を正して男らしく振る舞っておられるが、やはり女あるがゆえにこうまで思い悩まれてお辛いことだろう。私達二人は互いに姿を取り違えてしまったけれど、こうして世に出た以上、私は右大将さまの後ろ盾がなければ過ごしていけないだろう」
と、互いに見交わし、尽きること無くしんみりと語りあわれたのでございましたが、とうとう日が暮れてきたので、
「誰かいるか。御前に人が少なくては姫君がさみしかろう。大勢お出でなさい」
と、右大将はようやく立ち上がられました。
 尚侍は御几帳の端近に寄って、
「いつになく気弱なお姿をお見せになったものだ」
と不安な思いで右大将をお見送り申しあげたのでございました。

17 右大将の失踪

「今宵は宣耀殿に泊まるから、明朝、迎えに来て下さい」
 右大将はそう言って供や前駆の者達を皆帰してしまわれました。ほどなく網代車(あじろぐるま)に身をやつして北の陣までやってきた権中納言にいざなわれ、ひそかに京の都を忍び出て宇治へ向かわれました。

 月は明るく澄みわたり、道中も風情があり、右大将は夢のごとく感じながらも
「とうとう来てしまった」
と心は沈み込んでおられました。
 木幡(こはた)の辺りまで来られると、風雅を解するものもいない山里と思われたので、ほっと気を許し、幼い頃から手に馴染んでいる横笛を手になさいました。女の身となってはもう吹くことも許されないと思うと、どんな思いにも増して悲しさが込み上げてまいりました。
 心細い気持ちのままに吹くその音色は言いようもなく寂しげでございましたが、権中納言は、扇を打ち鳴らしながら笛に合わせて、「葛木の 寺の前なるや 豊浦の寺の 西なるや 榎の葉井に 白玉しづくや 真白玉しづくや〜しかしてば国ぞ栄えむや 我家等ぞ富みせむや〜」と祝いの催馬楽を謡うのでございました。

 宇治に着いてみると、とても風情のある場所に雅な館が建てられており、室内も優美に整えられておりました。また、侍女がいないと不便だと、権中納言の乳母子二人と世間のことに疎い年若い女房や女童などを予め連れてきて先に住まわせ、準備を整えて右大将の到着をお待ちしておりました。
 車から降りるや否や、右大将は
「どうして来てしまったのか」
と後悔しましたが、かといって今更、戻る事もできず、権中納言にしてみても、自分のものにしたからにはおいそれと帰してくれようはずもないのはわかりきっておりましたので、情けない気分でその夜を明かしたのでございました。
 翌朝、蔀戸(しとみど)を上げて外に目をやっても、右大将はいまだに現実のこととは思われないのに、権中納言は積年の思いが叶った嬉しさが抑えきれない様子でございました。

 右大将が、頭を洗い、垂らし髪にすると尼剃ぎ(おかっぱ程度の髪の長さ)にしたくらいでしたので、付け髪をし、眉毛を抜いてお歯黒をしたりして女装してみますと、美しさも増して愛らしく、権中納言は、「本当によかった」と喜んでおります。
 当の右大将は、なれない女房装束にも落ち着かず、我が身はどうなってしまったかとばかりで、権中納言との情事も煩わしく、ひたすら悲しい思いで、ぼんやりとした様子で起き上がりもしないのですが、権中納言にはそれさえもいじらしく思われるのでございました。
「この姿こそが自然なのです。まさか、これまでの姿がまともだと思われていたのではないでしょうね。あなたは、大勢の人と交際したくて、ことさらに男姿でおつきあいを続けておられたのでしょうが、それがどんなに立派であっても、我が身の本性を偽って暮らすのはよくありません。あなたの意に副わなくても、こうしているのが自然なのです。今のあなたのことが左大臣さまのお耳に入ったとしても、悪い事とは決して思われないでしょう」
と、たしなめる権中納言の言葉に、確かにそうだと恥ずかしく思うものの、
「これが自然な姿であるなら仕方があるまい。女姿になって世間から離れても命さえあれば、また父君と会えることもあるかもしれない」
 そう心を慰め、権中納言が世話をするのに身を任せ、ぼんやりと忍び泣きなどをしているうちに日々が過ぎていくのでございました。

 京では翌朝、前駆や御車の者達が右大将をお迎えに参じたところ、夜が更けてからお帰りになられたというので、あちこちお探ししまたがどこにもおられません。
 普段から月に五、六日は姿を隠されていた乳母の家にもいらっしゃいません。以前に吉野山の宮の所に十数日も籠もられたこともあるから今回もそうかもしれないと思っているうちに、その日数も過ぎてしまいました。
 いつもならお供として付き従っているはずの者達も皆残っていて、
「これだけ日数が経てば、いつもなら必ずお帰りになられていたのに」
と言うので、皆、言いようもなくさびしく不安な気持ちでございました。

 中でも左大臣さまは、
「最近は、気弱に思い嘆いていたようだが、やはり男姿で人に交わるのは辛かったのであろうか。しかし、これほど出世した身をいとも簡単に捨てるまいと思っていたのだが……。そういえば、去年の冬あたりから妙に気にかかって変だと思うこともあったのに、どうして声をかけてやれなかったのだろう……。万事に世間第一の優れ人で、顔を見るだけで悩みも失せ、若返るような喜びであったのに」
と、悔やみきれない思いを嘆き、死んだように寝付いてしまわれました。
「どこかで出家して暮らしていた」
という噂さえ聞こえてこず、日数がばかりが過ぎていきました。

 帝や院までもが、右大将が失踪してしまったことを嘆かれ、
「どうしてしまったのか」
と、山々寺々に修法(ずほう)や読経をお命じになり、右大将のことを慕う人たちは、世の中に差すべき光が雲に隠れてしまったかのように嘆いて、野山に分け入ってお探しする騒ぎとなり、世の中が騒然となりました。
 変わらぬ姿でお戻りになられるようにと、これほどあちこちで祈祷を行えば霊験があるだろうと皆が期待をしましたが、やはり何の気配もなく日数ばかりが過ぎていきました。

 四の君は、右大将が出て行かれた日のことを思い出し、
「あの時おっしゃられていたのは、こういうことだったのだ。私のせいで……」
と、命も消え入りそうな思いで臥せ込んでしまわれました。
 右大臣さまも左大臣さまに劣らず悲嘆にくれておられましたが、一方では右大将のことを、
「我が娘を全く愛していなかったのか。幼い子どもがいる上に、娘の懐妊をわかっていながら、姿を隠してしまうとは……」
と、恨みがましくも思っておられました。

 そのころ世間では奇妙な噂が広がっていました。
「権中納言が四の君の元にひそかに通っていたのをお知りになった右大将さまは、四の君に嫌気が差して姿を隠されたそうだ」
「生まれた姫君も権中納言の子どもだそうだ」
 左大臣さまはこの噂を耳にされ、
「なるほど、この噂のとおりかもしれない。そうでなければ、四の君が妊娠することなど有り得ない。四の君に身体のことを知られて思い悩み、誰にも事情を相談できずに、自分の心一つで思い余って身を隠したのだろう」
と得心された左大臣さまが、右大将の身を案じて嘆いているところに、右大臣さまが訪ねて来られました。
「我が娘への愛情が薄いのではないかと常々心配していた通りになってしまいました。このように思い捨てられてしまわれるとは……」
 右大臣さまが心の憂さを晴らすようにおっしゃるので、思い詰めて分別をなくされていらっしゃった左大臣さまは、つい世間の噂を口にしてしまわれました。
「最初は大切でまたとない人としてお思い申し上げておりましたのに、最近は妙に夫婦仲を嘆く事がございましたが、今になって思えば、こういうことだったのかと思い合わせているのです」
とおっしゃるので、右大臣さまは
「とんでもない事をおっしゃることだ」
と驚き呆れ返り、ここに来た事も恥ずかしくなって慌てて自邸にお帰りになり、北の方に左大臣さまのお話を伝えると、北の方も呆れたというだけでは表せないほど驚かれました。

 右大臣さまは、四の君一人だけをこの上なく大切な娘として扱い、他の姫君達は軽んじておりましたので、これを悔しく思い続けていた乳母がおりました。この乳母は、元々、四の君の側を妬み恨んでおりましたので、この噂を聞きつけて、右大臣さまが見付けそうな場所に、
「右大将さまは、権中納言と四の君の密通に悩まれて失踪されたのです。このお生まれになった姫君も権中納言のお子です。我が子と思いとても喜んでいたのですが、お生まれになったお子の顔が権中納言にそっくりだったので見咎めていたところ、七日目の産養(うぶやしない)の夜に権中納言が四の君の寝所に入って、臥されているのを見つけてしまわれたのです」
と、誰かに宛てた風に詳細に書きつけた手紙をわざと落としておきました。
 この手紙を北の方さまが見付けて右大臣さまにお見せしましたので、右大臣さまは驚き呆れて、姫君を改めて御覧になると確かに権中納言にそっくりでございました。噂は嘘ではなかったのかと納得されたのでございましたが、言いようも無く情けなく腹立たしくお思いになり、短気でおこりっぽい性格でございましたので、すぐさま四の君を勘当しておしまいになられました。
「全くなんということをしてくれたのか。今更、忠告しても無駄なことよ。すぐにこの館を出てゆけ。人の噂や、左大臣の思わくもある。右大将も世を捨てて隠れたとはいえ、この事を耳にするだろうと思うと、どうにも申し訳なく恥ずかしいことだ」
 そう言って四の君を館の外に追いやり、お世話をしないことにされました。

 四の君が、消え入るように沈み込んでひどく思いつめているのを、乳母子の左衛門は慰めようもないほど気の毒に思い、
「つらいと思っても、今となっては権中納言様以外に頼る人はいまい」
と、四の君が勘当され、思いつめた様子を、五六枚の紙に悲しげに書き綴り、以前に権中納言の使いに来た侍を探し出して、
「これを間違いなく権中納言様にお渡し下さい」
と渡したところ、手紙は権中納言の元に届いたのでございました。

18 右大将と四の君と

 宇治での生活もまたたく間に二十日余りが過ぎてしまいました。右大将は、今更どうしようもないとあきらめておられましたが、父君、母上のご心配を思うと悲しくてなりませんでした。ただこれまでと違って、気兼ねなく横になっていられる事だけを慰めに暮らしておられたのでございました。
 次第に、女姿にも慣れ、眉も綺麗に剃り落としてお歯黒もされるようになられ、華やかなうちに可愛らしい魅力がいっそう輝いてまいりましたが、お顔はもの思いに打ち沈んだままでございました。
 権中納言を頼みとして一緒に暮らしているうちに、
「今はこうしているのがよいのだ」
と、愛情を込めて振る舞っていらっしゃる姿は、あの右大将とは思えないほど愛らしくたおやかであったので、
「昔から寝ても覚めてもこのような女性を妻にしたいと願っていたが、神仏が我が願いを叶えてくれたのだ。何としても後悔はさせず、男だった頃を思い出させないようにしよう」
と、全てが思い通りとなった権中納言は大喜びでございました。
 権中納言が万事に気を配って世話をしてくれるので、右大将の心は慰められていきましたが、
「そういえばあの人はああだった、こうだった、こんな事を言っていた」
と、折に触れて様々なことが思い出されるたびに、権中納言は共に仕えていた間柄なので、右大将を身近にひき寄せては、
「その中のどの男が好きでしたか」
などと、からかわれるのも辛くて知らぬ顔で口に出されないようにしておられました。

 そんなある日、四の君に仕えていた女房の左衛門からの手紙が届きました。
 権中納言は、
「あなたには、少しの隠し事もしないでおこうと思っております」
と、手紙を持ってきて右大将に見せ、
「私も世間の評判が気になりますし、もし左大臣さまの耳にはいったら具合が悪く困ったことになると思いますが、四の君もどんなお気持ちで過ごしておいでなのか気にかかります。私のためにこんな身の上になってしまったと思い詰められているのなら気の毒で気がかりです」
と言いますので、右大将は、自分が偽りの夫婦生活を送ったがために、四の君に降り掛かってしまった不幸を申し訳なく思いましたが、権中納言一人の見境ない好色が引き起こした災難だとも思われ、厭わしい気がしてまいりました。
「貴方さえいなければ、あのまま変わりなく過ごす事が出来ただろうに」
 涙ぐみながら愚痴をこぼす右大将の様子がかえって魅力的で、権中納言は片時も離れたくない思いでしたが、四の君のことも気になるので、
「様子をうかがいに、ほんの夜の間だけだから」
と出かけてしまいました。
 右大将はどうしたものかと思案しているうちに日が暮れてきました。月がたいそう明るくて、澄み渡る水面を見ていると、胸からあふれる程に次々と思い出が溢れてくるのでございました。

 思ひきや身を宇治川にすむ月の あるかなきかの影を見むとは
(こうして身を隠して宇治川に映る月のあるかないかの心細い光を見る事になろうとは、思ってもみなかった

 権中納言が京に着いた頃には、すっかり夜が更けておりました。人目を避けるように屋敷に入ると、左衛門が出迎えて事の次第を泣きながら伝えました。
「四の君様は事のつらさに耐え切れずに臥せこんでしまわれ、今にも息を引き取りそうなご様子でございます。心細さと悲しさを誰にもお話しできずに苦しんでいらっしゃいます」
 それを聞いた権中納言が、
「すぐにお逢いしたい」
とおっしゃるので、ここで強情に拒んでも仕方ないと左衛門は、四の君に逢わせる事にしました。
「姫様のお気の毒なご様子をお慰めして下さい」
と思慮の浅い左衛門は、ただ四の君を案ずる心のままに権中納言を館に導き入れたのでございました。

 仄かな灯火に浮かぶ四の君は、所在無さげに長い髪を横たえたままふくらんだお腹を見せてうち臥しておられました。何人であってもこのあわれな姿に涙せぬ者はないでしょうが、まして権中納言は四の君への愛情が深いので、一目見るなり目の前が暗くなるような思いがして、添い臥して腕を取り、呼び掛けながら揺り起こすと、四の君はひどく辛そうな様子で、
「ああ、なんと困ったことを……。これまでのことでこんなに辛い思いをして苦しんでいるというのに……。まだあなたとの縁を切れずに苦しまなくてはならないとは」
と息も絶え絶えな様子で涙を流すので、権中納言は無理もない事だといたたまれなくて、
「この度はなんともつらい思いをされたでしょうが、これも宿縁でしょう。ですからそんなに思い詰めないでください。生きてさえいれば、いつかは右大臣さまもお許しくださるでしょう。それに身ごもったまま亡くなる人は罪業もひとしお深いと言います」
と、薬湯をすくって四の君に飲ませましたが、四の君の悲嘆に暮れた様子に比べれば、権中納言の言葉は、いかにもうわべだけのものに聞こえるのでございました。
「このくらいのことは、何のご心配もいりません」
 そう言って灯火を近くに寄せて四の君をよく見ると、夜具を引き被ろうとする顔や手つきが愛おしく、この姫君を死なせてしまったらと考えるのも辛くなって、権中納言も同じように添い臥すのでございました。

 夜が明けても権中納言は別れて出る気にならず、密かに人を呼んで祈祷を始めるようにと命じたりして、そのまま四の君に添い続けているので、四の君はどういうおつもりなのかと困惑しながらも、一方で頼もしいと思ってしまうのでございました。

 宇治で待つ右大将のことは気にかかるものの、目の前で苦しんでいる四の君への思いを断ち切ることもできず、宇治の右大将の元へは何度も手紙を書きながら、そのまま五日、六日と四の君に付き添っておりました。
 四の君は、天の神の目も恐ろしく「あるまじきこと」と気が気ではございませんでしたが、かといってどうしようもないので、命も権中納言に預けようと観念してしまわれました。その姿は見ているだけで哀れを誘い、権中納言はますます傍を離れられずにいたのでございました。
 また一方、世間では右大将が失踪した事を朝廷でも世間でも嘆き悲しみ、その原因が権中納言と四の君の密通のためだと言い騒いでおりましたので、権中納言は、耳が痛く、また右大臣さまから問いつめられて面倒なことになるのも困ると、世間をはばかって外出を控えるようにしておりました。

 こうして祈祷を始めとして万事に渡って四の君の世話をしていた権中納言でしたが、宇治の右大将のことも気にかかってしかたがないので、泣く泣く別れを告げて宇治に戻りますと、右大将の傍には人も少なく、お腹をふっくらとさせ身動きも不自由な様子でございました。
 あれこれ物思いしながら横になっている右大将の姿を見て、
「どうして数日間も、この方と離れて過ごしてしまったのか」
とひどく悔やまれ、四の君の様子などを包み隠さず右大将に話すのでしたが、右大将にしてみれば、かえって四の君への愛情が並々ではないとしか思えませんでした。
 早く四の君へ手紙を書きたげな権中納言を見ながら、
「自分への愛に劣らないどころか、もし四の君と比べられたら、きっと自分の方がやつれてみすぼらしく見えるに違いない」
と、思いましたが、かつて四の君と権中納言との密通さえ何とも思わなかった自分が、嫉妬心をあらわに恨み言を言うのも相応しくない気がして、素知らぬ顔を装っておられたのでございました。
「私のことを一番に愛してくれているとしても、男の装いの時のようでは心もとない。まして、このように四の君と自分に心を分けているようではこの先どうなるか分かったものではない」
とは思うものの
「いや、とにかく出産まではこの男に背き分け隔てをするべきではない」
と、さすがに男の世界に慣れたお心で判断され、穏やかな態度で通しておられたので、権中納言は
「ほんとうに理想的な方だ」
と喜んでいたのでございました。

19 尚侍の決心

 これまで右大将はたびたび忍び歩きをしておられましたので、左大臣さまは、今回もそうであって欲しいと、今日か今日かとお帰りを待って暮らしておられましたが、何の手がかりも無いまま二ヶ月余りが過ぎてしまいましたので、
「思い当たる場所はことごとく探したのに何の手がかりも無いとはどうしたことだろうか。たとえ出家したとしても、国々の境に至るまで探し求めぬ所はなかったが、まさか遥か遠い鄙びた田舎になど下るようなことはあるまいが。もしかしたら、権中納言の心よからぬ使用人が『主人がこのように気を使って忍び通う女に夫がいては具合が悪い』と気を回して右大将を殺してしまったのではなかろうか」
とまで、想像して気をもんでいらっしゃるのでございました
 左大臣さまは何の手立ても無くなり、茫然自失でぼんやりとした様子で臥し沈んでおられるので、屋敷の人々も嘆きながらお世話をしておりました。

 里に退出された尚侍は、右大将が別れ間際の夕暮れにお話されていたことを思い浮かべながら、
「あの時は、これが最後と決心されていたに違いない。そうと気付けば、あの夜、一人でお帰えしすることなどなかったのに……。ああ、私も一緒に行くと言えば良かった。
 兄妹とはいえ、幼い頃は、部屋に籠もってばかりいたからそれほど親しくはなかったけれど、このように家を離れて内裏で暮らすようになってからは、内裏への出入りなどの際に右大将が付き添ってお世話をしてくださったのが、我が身の光栄と頼もしくも嬉しく思っていたのに。たった二人の兄妹なのに、行方知れずになられてしまった悲しさといったらたとえようもない。どこの山奥のどんなところに身を隠されておられるのだろう。常々、思慮深くて分別がある人だと思っていたが、さすが男らしくきっぱりと決心されて姿を隠されてしまわれたものだ。
 私は男の身として生まれながらも、幼い頃から心の赴くままに過ごし、今はこうしてかしずかれて深窓に暮らす身の上だから、いくら父君の命が危ないとしても右大将を捜し歩くこともできないけれど、だからといって人に頼んでも、噂になっている場所などを一通り探すくらいで、心を込めて探しだそうなどとはしないでしょう。それに、これまで女として世話をされてきた私が急に世に出て、人々に指図をして父君のお世話をする訳にもいかないけれど、父君のことは傍にいる家臣達がきっと世話をしてくれるでしょう。
 このまま何もしないで父君や右大将に先立たれたら、私もこの世で生きていくことなどできるはずが無い。こうしてはいられない、右大将を探しましょう。どう考えてもこの都からそう遠くない所におられるに違いない。そして、出家されておられたとしても、見つけたら一緒に帰ってこよう。もし探し出せなかったら、私もそのまま出家して深山に跡を絶ってしまえばよい。」
などと、尚侍は一日中、思案に暮れていたのでございました。

 尚侍は自分までもが黙って姿を消したら、世間がどんな噂を立てるだろうかと考えると誰かに相談しなければと思われましたが、かといって父君に相談したら心労のあまりもっと大変なことになるだろうと、母上に打ち明けてみることにされました。
「右大将さまが行方知れずになって、兄妹が少ない私はとても心細く悲しいのはもちろんですが、それよりも父君がご心配のあまり今にも死にそうだというのに、ただ見ていることしか出来ないのが辛くてなりません。私も力の及ぶ限り右大将をお探ししたいのです。」
 いつになくきっぱりとしたご様子でおっしゃるので、
「なりません。か弱い女の姿になり切ったその身体でいったいどこをどう探すつもりですか」
 尚侍の母は、これはどうしたことかとひどく驚かれました。
「母上さま、落ち着いてお聞き下さい。これまで山々国々を探し求めたとは言っても噂になっている所を通り一遍探しただけではありませんか。右大将と私は宿縁あって兄妹となり、男女を違えて育ったのです。縁ある私が探せばきっと見つかるに違いありません。いいえ、私で無ければ見つけることはできないと思います。別々に育った人とも思えず、気立てが優しくてほんとうに親切にしてくださったことがひどく恋しくて、耐え難いのです」
 尚侍は、言葉も終わらぬうちに涙が溢れてきました。
 尚侍の母も涙を流し、
「あなたがおっしゃることももっともです。どうなるか分かりませんが、あなたのお心のようになさいませ」
と申されるので、尚侍は
「もし私までもいなくなったと世間の人が聞いたら、どうしたことかいろいろな噂がたつでしょうから、私がいるような顔をしていて下さい。普段から四、五人の女房の以外にはそばにいませんから、他の人には、いるかいないかも知れないでしょう。父君にもこのことは内緒にしておいて下さい。父君は心労で臥せ込まれておられますから、こちらにお渡りになられることもないでしょう。もし尋ねがあったら気分が優れないので籠もっているとおっしゃって下さい。普段と違うことをして人に気付かれないようにお願いします。それに父上の傍には右大将の縁りの方が大勢出入りされていて、私のことを気に留める人もいないでしょう」
と、お顔を明るくされました。

 尚侍はそう決心すると、両親だけでなく東宮にも朝夕に顔を出されました。
 懐妊したかもしれないと思われる東宮さまの傍を離れる辛さはとても言葉には出来ず、身を引き裂かれる思いでございましたが、思いの限りを別れの文にしたためられました。
「父の病気が重くなり、お傍に参上できるのがいつになるのか分からなくて、辛いことばかりです」

 あはれとも君しのばめや常ならず 憂き世の中にあらずなりなば
(もしわたしが無常で辛いこの世から姿を消したら、あわれなことと思ってくださいますか。)

と、書き送られますと、東宮からのご返事もしみじみと、

 君だにもあらずなりなば世の中に 留まるまじき我が身とを知れ
(貴女がいなくなってしまったら、わたしもこの世に留まっていることは出来ません。)

 尚侍は手紙をじっと御覧になっておられましたが、やがてそれを畳紙(たとうがみ)に挟んで懐に入れられたのでございました。

 尚侍は側に仕える女房達に幾度も固く口止めをして、東宮の進(しん)を勤める乳母子を御几帳の後ろに呼び入れ、長い髪を切り落として髷を結われました。母上に狩衣や指貫の用意を頼むと、母や乳母はどうしたことかと驚き騒ぎましたが、立派な男姿を見て、髪をおろしてしまった以上決意は固いのだろうと、もはや止めることもできませんでした。
 東宮の進を勤めるこの乳母子は、いつも尚侍から遠く離れ親しくお話しすることもありませんでしたので、急に召し出されて、尚侍が男姿に変わるのに立ち会うのを何とも不思議な思いで見ていました。

 烏帽子を被り狩衣と指貫を着た男姿は、見間違えるほど右大将とそっくりで、右大将が帰ってきたようで不思議な感じがして、尚侍の母は、
「この姿を殿に早く見せてあげたい。これまではお前の心のままに尚侍として過ごさせてきましたが、右大将としてこの子を殿に会わせることが出来たらどんなに嬉しい事でしょうか」
と男君に申すのでしたが、
「決して私の不在を他言したり、いつもと違う様子を悟られないように。いつもと同じ様に振る舞って下さい」
 男君は繰り返し言い置いて
「右大将さまを探し出せなければ、私もここに帰る訳にはいかない」
と決意を心に秘めて、京を出発されたのでございました。

 六月のある日の夜更け、月明かりの下、男君(尚侍)は乳母子三人と身分が低いが何事にも疑問を持たず頼もしげな武士七、八人を供人として出発されました。とても上品で母屋から外に出た事もなかったお方がいかにも、旅装束の軽装で出て行くのを見送る母や乳母たちは、心配で心がつぶれそうなほどでしたが、男君に言われた通りに、いつもと同じように振る舞っておりましたので、尚侍の不在を知る人はございませんでした。

 男君はこうして出発しましたが、行くあてがある訳ではございませんでした。
 供の乳母子の一人が、
「右大将さまは吉野山にいる聖の宮さまの所に通われ、そこを終の住処と約束しておられたということでございますから、そちらにおられるのではないでしょうか」
と言うので、
「なるほど、そうかもしれない。大騒ぎしながら探しているから、名乗り出ることができないのかもしれませんね」
と、男君は吉野山を目指すことにされました。

 日中はとても暑かったので、宇治川を船で渡り、川面の近くにある大きな木陰で涼んでおられると、川の近くに風流な館が目に留まりました。近づいてみますと、建物の中からは読経の声がするばかりで人影が見えませんでした。
 風雅なところだと思いながら小柴垣のもとに立ち寄って、そっと中をのぞき見ると屋敷の前に遣水(やりみず)が八方に流れて絵に描いたような庭で、簾を巻き上げて鮮やかな色の几帳の帷子を掛けた状態で、十四、五歳ほどの美しい女童が二藍(ふたあい)の単衣襲(ひとえがさね)に紅の袴を鮮やかに踏みやり、帯をゆったりと締めて団扇で扇いでおりました。
 几帳越しに透けて見える女御を見ますと、紅の織単衣に同じ色の生絹(すずし)の袴を着け、たいそう悩ましげな表情で物思いにふけっております。伏せた顔の色艶は華やかに輝き、額髪が零れ掛かる様は絵に描いたようでした。すばらしく美しく愛らしく見えて、いつまでも見ていたいほどで、利発そうな顔つきがどこかで見た事があると思っていると、やがて傍らにいた乳母子が尚侍にそっくりであることに気付きました。
 そう言われてよく見ると、物思いに沈んでいる様子は他に似るものがなく、顔立ちや華やかさは、ただもう鏡にうつした自分の姿にしか見えませんでした。
「そうですか、あの方は私の女姿にそっくりなのですか。あの方が右大将ならばそれも当然でしょう」
 館に立ち入って
「どうしてこのような姿でここにいるのですか」
と聞いてみたいと思われましたが、はっきりとした証拠も無しにいい加減な事を言って人に咎められても困るので、はやる心を抑えてしっかり確かめようとじっと観ていましたが、やがて人の気配を感じたのか簾を下ろしてしまわれました。
「もしあの女御が右大将ならば、私のことも気付かれるのではないか」
男君は自分の姿を見せようと小柴垣の傍まで歩いて行かれました。

 外で人の気配がするのに気付いた屋敷の人々が簾を下ろして様子を窺っておりますと、優美で上品な男が姿を見せました。高貴な方のようですが、見覚えもなく妙に目を引き付けられました。右大将は、かつて男の姿で世間に交じらい、身分が高い人なら見知らぬ者はいないはずでしたが全く見覚えがありません。かといって身分の低い者とも思えず、鏡に映した自分のようにも見えて、
「尚侍との別れの日の夕べに、ひどく泣いておられた横顔に似ている…」
と思いつかれましたが、まさか男姿に変わったとは思いもよりませんでしたので、
「世にはこういう人もいたのだ」
と目も眩む思いで見ておりますと、女童が驚いて、
「これまで権中納言さまこそ、世にまたとない素晴らしい方だと思っていましたが、このように素晴らしい方もいらしたのですね」
と奥にいる女房を呼びました。
「まあ、あの方は、姿を消されたと皆が大騒ぎして探しておられる右大将さまではありませんか。どうしてここにいらっしゃるのを誰もご存知ないのでしょう。権中納言さまもお嘆きですから、お知らせしたほうがよろしいでしょうか」
 女房達が言い合っているのを、女君は感慨深くもおかしいことと聞いておられましたが、男姿で宮中に出入していた頃が思い出され、涙が零れてきたので奥に引き入ってしまわれました。

 男君はしばらく佇んでおられましたが、女房達は普段から
「中に女が住んでいるような気配は見せぬように」
と権中納言から言いつけられていたので、邸内はひっそりとしてしまいました。
 根拠もなく尋ね入ることもできないので男君は、せめてもと供人に尋ねられました。
「ここはどなたのお屋敷ですか」
「式部卿宮のお屋敷です」
 それを聞いた男君は、なおさら面倒な事になりそうだと思いましたが、あの方が右大将でなかったとしても何とかしてもう一度会って確かめてみたいと思われて、すぐにはここを離れ難い気分でございました。そのうちに夕風が吹き始め、垣間見たことの非礼を侘びることさえせずに屋敷を離れられましたが、立ち去らねばならぬ口惜しさは言いようがなく、いつまでもこの女御の面影が心に掛かっていたのでございました。

 権中納言は、四の君が心配でたまらない様子で、またいそいそと京に出掛けていきました。
 宇治で月日を重ねた女君(右大将)は、出産が近づくにつれて起き上がることも不自由になり、ぼんやりと物思いにふける日々を過ごしておられました。
「女の毎日は、こんな風に頼み所もなく何とつまらない日々であることか。今はこうしているしかないけれど、あの人は私に劣らず四の君にも心を分け、こちらに五日六日、あちらに五日六日と籠もっている。あの人だけを頼みに待ち続け、悩みながら毎日を過ごさねばならないのは、こういう経験がなかった私には気が滅入ってしかたがないけれど、かといってもう元の男姿にも戻れない。ともかくも無事に子を産めたら吉野山に行って尼になろう」

 女君が吉野山への思いを心の慰めにしていることを知らない権中納言は、今は穏やかに連れ添う女君に安心して、これが最後かと案じられる四の君のことばかりが気掛かりでならず、もっぱら二人の女性のもとを行き来するだけで、世間を憚ってその他のところに出かけることは全くありませんでした。
「長年、自分の思い通りにはならないだろうと嘆き侘びていた願いがやっと叶った」
と、権中納言は嬉しかったのですが、一方ではどちらの方のことも人に知られぬようにと心の余裕がなく苦しくも感じておりました。

 女君と添い臥して話をしていると、御前の女房が、
「実は、今日の昼、世間で失踪されたと噂の右大将がここにいらっしゃったのです」
と言うので、権中納言はおかしな話があるものだ思いながら、微笑を浮かべて女房に聞きました。
「それでどうだったのですか」
「狩装束で、そこの小柴垣のところに立っておられたのですが、面倒になるといけないので引き籠って黙っていましたところ、立ちくたびれてお帰えりになられてしまいました」
 権中納言は不思議に思い、女君に
「貴女も右大将を御覧になったのですか。あの女房はいったい誰の事を言っているのですか」
と尋ねると、
「これまでに見た事のない人だったのは確かです。女房が『右大将だった』と言っているのでしたら、もしかしたら私の心が身体から離れた姿かもしれません」
と女君は微笑みながらも涙をこぼされるので、
「やはり、今でも昔の姿でいたいと思っているのですね……。それにしても、どんな人だったのですか」
と、さらに尋ねるので、
「私に似ているという事ですから想像してみて下さい。見よい男のはずがありません」
と、お答えになられました。

 男君は吉野山の宮を訪ねる前に使いの者を先に送り、右大将のもとから参上したと名乗らせました。
 吉野山の宮は、失踪した右大将を求めて世の人々が四方の山々にまで騒ぎ求めているのを知り、右大将が最後にこの吉野を訪ねて以来、消息がないのを心配しておられましたので、右大将の使いかと喜んで招き入れますと、右大将とそっくりの美しい人が入ってきたので、
「これはどうしたことでしょうか」
と驚かれました。
「右大将さまの行方が分からなくなってから二月余りが経ちましたが、こちらによくお通よいになられ、また終の住処と考えていると周りの者にも漏らしていたと聞きましたので、もしや言い残したことがあればお聞かせ願えないかとこうして参上しました。私は右大将さまの異母兄弟です」
と男君が答えますと、
「右大将さまは、一昨年の秋頃から来世までもと約束くださり、ここにもよく立ち寄ってくださいました。四月一日頃に最後においでの時には、世の中が辛いとおっしゃられて、次にいつ立ち寄るとも言い残されずにお帰りになられました。ただ、右大将さまは、六月下旬から七月上旬にかけて厳しい時期を迎えることになるでしょうから、もし無事に生き長らえられたら、七月の下旬には吹き寄る風に託して必ず連絡しましょうとお約束されました。今は、右大将さまには大変な時期であろうと朝夕の読経の折には必ず祈念しておりますが、私の透視ではこの世で無事に生きておられるようです。ご不安にお思いでしょうがご安心下さい」
とおっしゃるので、男君は頼もしく思って、
「私達はたった二人の兄弟ですからお互いにたいそう心細く思っておりましたのに、右大将が事情も分からないままに失踪してしまったので、どうしたらよいか分からずに悲嘆にくれておりました。また、年老いた父君が嘆いて死にそうになっているのが身に堪えております」
 男君の涙につられて、吉野山の宮も涙ぐまれ、
「親の恩愛の情は、頼りにならず、我が身の枷にしかならない子どもにさえ深いと仏も説いています。まして、あれほど優れた右大将さまですから嘆き悲しまれるのも無理はありません。でも、必ず探し出せますから心配なさいますな」
と慰めるように、頼もしげにお話されました。

 吉野山の宮は、男君をご覧になり、
「貴方は、何とも素晴らしい人相をしていらっしゃる」
と、これはきっと我が娘達と縁がある人なのだろうと、嬉しくも頼もしく思われて、里の料理など趣向を凝らしてもてなしされ、また昔話などを細々とお話されるので、男君は慰められる思いでございました。
「このような男姿でいる以上、屋敷に戻って、以前のように引きこもっている訳にもいかないが、男姿でいきなり右大将と入れ替わったように振る舞うこともできないだろう。右大将が便りをよこすと約束した日もそれほど先ではないから、それまでここで待とう」
と、男君はこの地に留まって右大将からの便りを待ちたいと申し出ると、吉野山の宮は大いに喜んで、
「もちろん構いません。便りが来るまでここで待っていて下さい。右大将さまも約束を違えはしないでしょうから」
とおっしゃるので、男君はありがたく思いながらも、自分までもが失踪したと誤解されないようにと、母上に手紙を書かれました。
「私は今、右大将さまが七月終わりには必ず便りを寄越すと約束された地におります。慣れない男姿になかなか馴染めませんが、ここに留まってお便りを待とうと思いますのでご安心くださいませ。私が言った通り、必ず私が館にいるように装っていてください。もし東宮さまから手紙がありましたら、病気で臥せっているとお返事してください」
 男君の母上はどうなることかと不安に胸の潰れる思いで待っておられましたので、この便りにひとまず安心されましたが、都から離れた鄙びた地に長居されるのも心配で、世間を離れた人のもとで暮らしていけるのかと泣きながら返事を書かれました。
「どうか私が生きている限りは出家などしないでください。もしこの母を見捨てたら、かえって罪を作る事になりますよ」
と、その手紙と一緒に衣や様々な物を男君に送られました。
 男君は、乳母子一人と下部一人だけを残され、残りの者は皆京に帰されました。

 男君は、描き眉、お歯黒やこれまで身についた女としてのしぐさは隠すことができず、吉野山の宮に、これまでは女として過ごしていた普通ではない身上をお話しすると、吉野山の宮は分かっていたという風に答え、宮の勧めに従って、女姿に戻られてこの地で右大将からの便りを待つことにされました。
「右大将さまがそれとなく憂いていたのでわかっておりました。ちょっとした運命の巡り合わせで、身体とは異なった心になってしまっただけです。心配する必要はありません。右大将さまも、今頃は女の姿に戻っておいででしょう。」
とおっしゃるので、男君は宇治でかいま見た女御の面影が思い出され、
「もしかしたらあの方が……」
と思い当たり、また逢う事ができないものだろうかと思案されるのでございました。

 妹背山思ひも掛けぬ道に入りて 様々ものを思ふ頃かな
(右大将を追って妹背山の思いも掛けぬ道に踏み入って、様々に物思いさせられる今日この頃です)

 几帳台の中から出ることもない暮らしをしてきたわが身が、どうなるかも分からない吉野の山中であてのない日々を過ごしているのは自分でも何とも不思議な気がしました。長く東宮さまにもお目にかからず、遠く隔たった地で夜な夜なの寂しさに眠れないときは、宇治川の川波とともに宇治で逢った女御の面影が浮かび、もう一目逢いたい気持ちが込み上げてまいりました。

 一目見し宇治の川瀬の川風に いづれのほどに流れあひなん
(一目見た宇治の川瀬を吹く川風のように偶々垣間見たあの女性に、今度はいつまた逢えるのだろうか)

20 右大将の出産

 宇治では、女君が産み月の7月を迎え、権中納言は女君の傍らを片時も離れずに付き添っておりました。
 男姿で振る舞う事に慣れておられた女君は、世間の姫のように引き籠らず、にこやかで明るく振る舞い、物思いに嘆いても一途に沈み込んだりせず、泣くべき時は泣き、おかしい時は笑い、これまでは言いようもなく可愛らしく愛敬に満ちておられたのが、本当に心細く苦しげにされておられるので、権中納言は、
「我が身に代えても、この人が無事であられるように」
と気が気ではありませんでした。
 その効があったのか、光り輝く玉のような男の君がお生まれになり、権中納言の嬉しさはたとえようもありませんでした。

 女君が自ら若君を寝かしつけてお世話をされる様子は、傍から見てとてもしみじみとするものございました。権中納言は、知り合いの中から乳の出る者を乳母として迎えてお世話をしましたが、
「この子を世間に披露できたら、乳母も世話のし甲斐があるだろうに。何事も隠れ忍んでしなければならないとは……」
と口惜しく思い、権中納言は若君から目も離さず、外出もしないで若君のお世話に熱中しておりました。

 権中納言は、日が経つにつれて、可愛らしさを増していく若君を女君の傍に寄せては、
「昔からこうして悩みなく暮らしていたらどんなによかったか」
と、自分と女君の契りの深さを口説くのを、女君ももっともだと思い、右大臣邸で七日の産養(うぶやしない)の夜に権中納言の扇を見付けた時の事など、これまでの思い出を語らいながら、互いにおかしくもあわれに感じていたのでございました。

 このように十日余りが過ぎ、女君が元の男姿に戻るつもりではないかと心配していた権中納言も
「このまま女姿で生きていかれるおつもりなのだろう」
とやっと安心し、女君が若君をとても可愛がっていつも抱いてお世話をされているのを見て、権中納言は、まさか可愛い我が子を捨ててまで男姿に戻られることも無いだろうと、
「ご存知のとおり、四の君が右大臣さまから勘当されて、世捨て人のようにお暮らしで、悲しく辛い思いをされています。姫君のご出産もそろそろかと思うと心配でなりません。姫君がこうなってしまわれたのも他でもない私の責任です。このまま見捨てておくような非情なことはわたしにはできません。どうなるにしてもお見舞いして最後までお世話をしたいと思っていますが、しばしの間も貴女のことが気掛かりで、あちらに行っても落ち着かないので、密かにここに迎えようと思っています。貴女が見放した方ですが、どうでしょうか」
と言い出しましたので、女君は呆れてしまいましたが、さりげなくとり繕って、
「確かにそれはそうでしょうね。でも、四の君にわたしが右大将だと見破られてしまうのは、他人に知られるより恥ずかしいということもわかってください」
と顔を赤らめるので、権中納言は、
「いやなに、少しの間も貴女を心配しないでいたいと思っただけですよ」
とにが笑いして言い紛らわしました。

 女君は大丈夫だと見極めた権中納言は、今度は、四の君に心を移して一途にお世話をするようになりました。
 四の君の父右大臣さまは、娘を勘当されてからは、大げさな誓いを立ててまったくお世話をされませんでしたし、また、母、北の方も「あの人も思い掛けずひどい仕打ちをするものだ」と溜息をつくものの、右大臣さまに逆らってまで四の君に付き添うつもりは全くございませんでした。姉妹も、これまでの右大臣さまの四の君への寵愛に嫉妬して、このような騒ぎになっても特に可哀想だとも思わないご様子で、四の君は誰からも見放されて本当に哀れで痛ましいご様子だったのでございました。

 四の君は、権中納言に身を任せるほかございませんでしたが、ひどく気弱に嘆いているお姿は気の毒で見るに耐えられず、権中納言は昼間も静かに傍に付き添い、色々と言い慰めて将来を約束するのでございました。そんな権中納言に素直に慰められている愛らしさは、権中納言には比類ない女性だと思われ、また、いつ四の君の出産があるかもしれず、遠く離れていては急な知らせもすぐに聞く事もできないと、四の君の傍にばかり付き添うようになり、宇治にはほとんど留まることもなくなってしまいました。
 宇治には、手紙だけは日に何回も届くものの女君はそれとて嬉しくもございません。
「所詮、男とはこのようなものだろうか。世に並ぶ者のないほど栄達した我が身を捨ててまでしかたなくこうして隠れて暮らす事になったのに、権中納言は、わたし一人に情を注ぐという訳でもない。このように男を待ち遠しく思って、何事につけ嘆き過ごすのが私の本当の生き方だとは思いたくもない。右大臣さまは世人が騒いでいる間はやはり四の君の勘当を許すことはないだろうが、世に二人とない程に可愛がっていた姫君だから、もし勘当をお許しになれば権中納言はますますあちらに引き付けられるだろうし、わたしは何があっても元の素性を知られる訳にはいかないから、網代の氷魚(ひお)を数える宇治橋の番人のように男の来る夜を待ちわびながら空しく夜枯れの日を数えるしかなくなるだろう。かとって、もはや元の男姿に戻る事も出来ないし、やはり吉野山で出家して、せめて後世を祈って過ごすしかないのかもしれない」
 女君はそう決心をするにつけても、生まれたばかりの若君を捨て難く、悩みを深くするのでございました。

 七、八日が経ってやっと戻ってきた権中納言は、いつものように隠し立てもせず四の君の様子や病状などを言い立てて嘆いていましたが、それを聞かされても女君は心が重くなるばかりでございました。
 それでもこの先、幾日も一緒にいる人でもないと、心を込めてお世話する女君の様子を見て、権中納言は限りない愛情に更に愛情を重ね加えて、並々ならず愛しく思っていましたが、好色で誰に対しても惚れっぽい性格を見抜いている女君には底の浅い愛情としか見えないのでございました。

 いつものようにしばらくは宇治に留まっておられるのだろうと思っていると、夕方、京から使者が来て、権中納言に、
「いつもよりとても苦しそうにしておりますので、出産の兆しかと思われます」
とささやき伝えました。
 それを聞いた権中納言はたちまちそわそわし始め、心ここにない面持ちになりましたが、
「このところ、ずっと四の君の屋敷にいたのに、今日、また知らせが来てすぐに京に帰ったらどう思うだろうか」
と、一方で女君の事も気になり、ひどく申し訳なく耐え難い気になりました。
 しかし、
「女君とは長く連れ添うと契ったのだから、きっと分かってくれるだろう。だが、もう一度見ないうちに四の君が死んでしまったら心残りでしかたがない」
と女君に事情を説明して急いで出掛けようとするので、
「なるほど、もっともな事ですね」
と女君はやさしく答えながらも、
「わたしも男姿でいた頃は、このように女たちから求められ恨まれていたのだろうか。しかし、このように嫉妬心から不愉快になったり不安になるようなことはなかったが、こうして女姿になって、人を恨むというのは我ながら本当に嫌なものだ。お釈迦さまが女を罪深い存在だといわれたのもしかたのないことだ。わたしが辛い思いをしなければならないのも、右大臣さまや四の君を騙してきた報いかもしれない」
と、相談する相手もなく、一人思い悩むのでございました。

「今にも命を落としてしまいそうでとても気の毒な様子なので、四の君の傍にいて見届けようと思っています。慌しく出掛けなければならないのは申し訳なくて、貴女や若君のことが気掛かりでなりません」
と、翌朝、権中納言から手紙が来ましので、女君は、
「好きな方に尽くすとしても、あなたほど愛情の深い方はいらっしゃらないでしょうね。どんなにか四の君はうれしくお思いでしょう」
と返しの文を出しましたが、受け取った権中納言は、
「男として生きてきただけに、男の立場をよく分かって、むやみに嫉妬することもなくてさっぱりしたものだ」
と、女君の心を推し量ることもできませんでした。

 女君は、何とか吉野山に使いを出したいと考えておりました。
 若君の乳母が、心配りが細やかで信頼できそうなので、
「このように若君を思ってくれる人なら、わたしの事情を話しても他人に口外せず、親身になって聞いてくれるだろう」
と、努めて親しみを込めて彼女に語らうようにされました。
「見慣れたというほど長いお付き合いではありませんが、若君を大切に思ってくれる気持ちは決して浅くないと頼もしく思っております。これから言う事は誰にも口外しないと約束して、聞いてもらえますか」
 ある日、二人だけになったところを見計らって、話しかけると、乳母はたいそう光栄で嬉しい事と感激して、
「どうしてお断りなどいたしましょうか。身を捨てよとおっしゃられても従います」
と申すので、
「ここにいる人達にも、権中納言さまにも知られたくないのです。吉野山の奥にいる宮さまに手紙を差し上げなければならないのですが、何とか上手く取り計らってもらえませんか」
と告げると、
「それなら容易いことでございます」
と答えるので、女君は嬉しい乳母の答えに、さっそく手紙をしたためられました。
「何ヶ月振りになってしまいましたが、お元気でいらっしゃいますか。ご心配をおかけしましたが、私もどうなるかと心細く思いながらも今日まで無事に過ごしております。今は、以前にお会いした時とは違う姿で過ごしておりますが、何とか再びお会いしたいと思っております」
と書いた手紙をしっかり封をして、乳母に託されました。
 乳母は、女君の素性を知らなかったので、
「吉野山の宮さまには姫君がいらっしゃると聞いていたが、この方がそうだったのだろう」
とひとり合点して、親しい侍に吉野山に向かうように頼んだのでございました。

 一方その頃、吉野山にいる男君は、吉野山の宮という理解者と出会えた事を心から喜んでおりました。吉野山の宮は姫君達に素性を明かしませんでしたので、男君の美しさに女性と信じて疑わず、旧知の女同士のように几帳も隔てずに語らっておりました。男君は、そのうちに男としての欲望も芽生えてきましたが、吉野山の宮を裏切るようなこともはばかられて、聖のように暮らしている姫君達に色事めいて言い寄るのもどうかと遠慮しておりました。
「こうなったからにはいずれ機会があるだろう」
と逸る心を鎮めながら、右大将からの連絡を待ち続けておりました。
 予定の時期が過ぎても便りが無く、待ち遠しくて心もとない気持ちに沈んでいたある夕暮れ時に、いかにも使者風の男が手紙を携えてやってきました。
「どちらからのお使いですか」
と聞いても
「宮様に確かにお渡しください」
としか答えないので、吉野山の宮が手紙を受け取って御覧になると、他ならぬ右大将からのものでございました。宮様は喜んで男君にも見せました。男君はたいそう嬉んで読み始めましたが、文中に「以前に顔を会わせた時とは違う姿になってしまった」と書いてあるのを見て、
「理由もなく失踪なされるはずはないから、恐らく出家して、法師の姿になって隠れてしまわれたのではないか」
と驚いて、使いの男を召され、
「右大将は、今どこにいらっしゃるのか?」
と問い正されました。
 使者の男は居場所を言ってもよいとは指示されていなかったのでしばらく黙っておりましたが、お答えしないのも恐れ多い気がして、
「宇治の辺りに居られると伺っております」
と申し上げました。
「宇治のどの辺りですか」
「式部卿宮(しきぶのきょうのみや)のご領地であると伺っております」
 それを聞いて男君は、
「そうか、あの時に見た女御はやはり右大将だったのか」
と思い当たり、嬉しくて胸が一杯になりました。
 宮のご返事に添えて、男君は、手紙を託すことにされました。
「六月のある日あなたを探そうと思い立って男姿で都を離れ、途中の宇治で貴女様に似たお方を見つけながらも、そのままこの宮の住まう吉野を訪ねてまいりました。あなたがきっと手紙を寄越す約束をされたという吉野山の宮の言葉を頼みに、これまでこの山でお待ち申し上げておりましたが、今はどのようなお姿でいらっしゃるのか気掛かりでございます。何とかお目にかかりたいのですが、私が行っても大丈夫でしょうか」
などとこまごまと書き付けて、
「この馬に乗って一刻も早く戻り、必ず返事をもらってきて下さい」
と、使いの男には御衣一襲と自分の馬を下付されたので、あまりの待遇に使いの男は恐縮し、思い掛けない嬉しい事だと喜んで急いで宇治に向かったのでございました。

 宇治に到着した使いの男は、すぐに吉野山の宮のお返事を女君に差し出しながら、
「ただ今戻りました。すぐに返答をいただきたいとのことでございます」
と言うので、女君は吉野山の宮からの手紙にさっと目を通し、もう一つの手紙を手に取って読まれました。
「この前の男は、わたしを探す為に姿を変えて京を出た尚侍だったのか。愚かにも思い及ばなかったとは……」
と、驚くとともにいかにも残念なふうで、男君のお手紙も最後まで読む事ができませんでした。
「わたしが女姿になり、尚侍が男の姿になったのも、しかるべき運命であったのだろう」
と涙ながらに、
「詳しいいきさつは、直接お会いしてお話したいと思います。お近くまで来られたらこの男を通じてご連絡下さい。こちらの都合を作ってお会いできる時をお知らせしますから」
と、細やかにご返事を書かれました。

 女君からの返事を受け取った男君は夢のように嬉しく思い、女君の様子を自分の目で確かめてから左大臣さまにご報告申し上げようと、密かにこの男を道案内に立てて宇治の近くまで来て宿を取り、男姿に戻ると女君に連絡されました。

 幸いにも権中納言は、四の君に付きっ切りで宇治にいない時だったので、女君は若君の乳母を呼んで、
「実は兄妹にあたる人が忍んでこの近くまで来たので、密かに会いたいと思っていますが、権中納言さまに余計な振る舞いと咎められたくないので、気取られないようにしたいのです」
とご相談されました。
「容易いことです。京から来た使いといって私の部屋に入ってもらい、夜が更けてからお会いくださいませ」
と申し上げると、
「それではそのようにお願いします」
と段取りを頼まれたのでございました。

 男君は黄昏時の薄闇に紛れて乳母の部屋に入り、人々が寝静まるのを待たれました。権中納言の乳母子達は、権中納言が留守でしたので、女君の御前には伺候しておりませんでした。女君は、夜が更けて皆が寝静まるのを待って、乳母の案内で西の離れに向かわれました。
 互いに夢のようで、しばらく物を言う事もできませんでした。月の明るい光の下、女君の髪はまだ短いものの艶やかに垂れてこの上なく愛らしく美しく、懐かしさにうち泣く女君を前に、男君は、
「これが、あの右大将さまであるとは」
と思うのでしたが、一方の男君も言いようもなく清らかで優美な姿でございましたので、互いに現実の事と思えませんでした。
 男君は、右大将が行方不明になったと聞いてから探し出すことを決意して男姿で京を出て来た事、吉野への道中、偶然にもこの屋敷に右大将に似た人を垣間見て、我慢が出来ずに姿を見せようと夢中で出て行ったことなどを細やかに語られました。
「それにしても、どうしてこのような姿でいらっしゃるのですか」
と男君がお尋ねになるのが、女君は答えようがないほどに恥ずかしいのですが、隠しておくべきことではないと思い、打ち明けることにされました。
「ここ何年か世間に男姿をさらしながら暮らし、それなりに落ち着くだろうと思っていましたが、思い掛けぬ辛い事が起きてしまったので、そのままの姿でいる訳にもいかず、考えた末に身を隠す事にしました」
と、婉曲にお話しされました。
「今はそのままの姿でもよいと思いますが、いつまでも、このまま人に知られずに過ごす訳にもいかないのではないですか。父上にはどうお話すればよいでしょうか」
と男君がお尋ねになると、
「このままここで隠れて暮らそうとは思ってはおりません。男姿を世間にさらしたわが身が他人に世話してもらうのも恥ずかしくて、今は仕方なく権中納言に身を任せていますが、こらから毎日どのように生き長らえるべき命かと迷いながら暮らしているのです。このままではだめだと分かってはいますが、かといって以前のような男姿に戻る事も憚られます。このまま女姿で過ごすにせよ男姿に戻るにせよ、どちらにしてもこの身の置き所がないように思えて、いっその事、あの吉野山で出家して行方を絶とうと思っておりました」
と泣きながらおっしゃいました。
「それはいけません。貴女が身を隠されたので、父君はあまりのことに寝込んでおられます。そのうえ私や貴女が出家したりすれば、父君や母上がこの先どうなってしまわれるかわかりません。いつまでも忍び隠れていないでお戻りになられてはいかがでしょうか、確かに今の姿で右大将だというわけにもいかないでしょうから、私に代わって尚侍としてお戻りになられてはいかがですか。京を出る時に、私が屋敷にいるように振る舞って欲しいと言いつけておいたので、私がいるかいないかも知らないはずです。今なら、私の代わりに屋敷にお入りになれば、誰にも分からずに入れ替われるはずです。そこに権中納言が通ってきても自然ですし、初めて関係が出来たように振る舞えば人目も安心でしょう」
 女君はそれには答えず、しばらく考えて、
「権中納言には行方を知られたくないのです」
とつぶやかれるので、
「確かに権中納言の人柄はすぐれているとは思えませんが、身分が釣りあわないという訳でもありません。あなたが嫌なら行方を知らせなくてもよいですから、とにかく、まずここを移りましょう。その上で父君にご相談されるのもいいでしょう」
と申し上げましたが、
「父君にこんな姿で暮らしているとは知られたくないのです。父君には、ただ普通ではない身を持て余していたとだけお伝え下さい」
と恥らう様子は、これまで男姿で世間を処してきた人の態度とは思えませんでした。
 話は尽きませんでしたが、夜が明けてきたので男君は立上り、その足で京に向かわれました。

21 若君との別れ

 左大臣さまは、男君(尚侍)の母親に会いに行かれました。
「気が動転していて、ここ何ヶ月か尚侍を見ていなかったがどうしていますか。」
と問われるので、北の方はあわてて、尚侍が男姿で右大将を探しに出掛けたことを詳しく申し上げると、左大臣さまは、
「尚侍までが出て行ったのを知らなかったとは」
と驚かれましたが、ちょうどその時、尚侍の帰京の知らせが北の方の元に届きました。

 他の人々がまだ寝ているころ、男君はそっと屋敷にお戻りになりました。
 左大臣さまは、
「幼いうちから人々に交わっていた右大将は美しかったが、尚侍はか弱くて人にも会わず引き籠っていたから、きっと男姿になっても似合わないに違いない」
と思いながら灯火を近づけて男君を御覧になると、右大将の美しさや姿を二つに写し取ったようでございました。
 右大将より少し背丈が高く、やさしげな雰囲気が勝っています。右大将は年が若いとはいえ少し小柄であったのが欠点でしたが、目の前の男君はそれも無く欠けたところがないように見え、そのうちに行方不明の右大将の事が自然と思い出されて、我慢出来ずに声上げてお泣きになられました。
 ようやく気分が鎮まって、
「それで右大将のことは何かわかりましたか」
とお尋ねになるので、
「今は、女姿でお暮らしでございました。髪などが生え揃うまでしばらく姿を隠したいとおっしゃられるので、そのお気持ちに従ってとりあえず帰ってまいりました」
と答えますと、左大臣さまは、無事を喜んでそれ以上は深く尋ねず、
「よいよい。それでは右大将が尚侍となり、お前が右大将の代わりをしなさい」
とおっしゃいますので、
「長年、女として屋敷に籠もっていた身ですので、右大将さまの代わりに宮中の交わり事などはとてもできません。もう少し右大将さまのご様子を見て、まずは右大将さまをこの屋敷にお迎えしてから、これからのことをお決めいただけないでしょうか」
とお答えになり、程なく夜が明けたので男君は御前を退出しました。
 左大臣さまは、胸の痞えがとれたように、起き上がって粥などを召し上がられました。

 女君は、思いもかけず男君と話しできたことが夢のようで信じられない気持ちがしていましたが、権中納言に身を委ねている今の自分が嘆かわしく、男君には話さなかった若君を連れてここを出るのも躊躇われ、かといって見捨てる事もできないと悲しく、思い煩っておられました。
しばらくして男君から女君にお迎えの日取りを知らせてきました。
「離れていても親子の契りは絶えぬものであるから、生きてさえいれば会う事もできるでしょう。我が子が可愛いからといって、右大将として生きてきた私が、普通の妻としても扱われず男が通ってくるのをひたすら待ちわびながら一生を送るなど耐えられない」
と固く決心されると、ひそかにこれまでの権中納言からの手紙を引き破り燃やされました。
 しかし、片言で声を出したり、他の人をじっと見て笑ったりする若君の姿はとても可愛らしく、悲しくてたまらないのでございました。

 権中納言はいつものように少し立ち寄ったという様子で宇治に戻ってまいりました。女君は権中納言との関係は、もう最後だと思っているので、心の内はいっさい態度に出さず、にこやかに美しく装っておられました。紅色の単襲(ひとえがさね)に女郎花の上着、萩の小袿(こうちき)をお召しになり、一時期はひどく面痩せしたお顔もふくよかに戻り、とても華やかで美しさを散らしたようでございました。髪はつけ毛で短いもののつやつやと物の影が映りそうに垂れ掛かり、裾の具合や垂れ具合は八尺の髪より素晴らしく見えました。額髪がより掛けたように掛かり、その間から見える肌をはじめ頭つきや姿態など、ここはと思うような欠点はなく、一目見ればどんなもの思いも晴れて憂いも忘れてしまいそうに見えます。
 権中納言は満足げに女君を見て、
「若君をお産みになってからいっそうお綺麗になりましたね。どうして男姿だった時の貴女を素晴らしいと思ったのでしょう。こうしている方が格段に美しいです。もしこのお姿で世に出て人と交わったら見る人は誰しも心惑いしてしまうでしょう」
と、この上なく愛しいげに女君の髪をかき撫でました。

 権中納言が、苦しんでいる四の君を我が身に代えてでも何とかしてやりたいと思い惑っていた心も忘れて語らっていると、四の君からの使いがやって来て、
「これが最期というようなお苦しみのご様子です。きっとこのままお亡くなりになってしまいましょう」
と告げました。
 宇治に戻ってきてすぐの使いに驚いて京に帰ってしまうのも、女君に気の毒だと思うもの、
「危ないときには知らせなさい」
と言付けてきた人までが、後から参上してきたので、じっとしておれず、
「生き長らえそうもない様子だから、薄情に見られたくないと思っているだけなのです。貴女は分別があって、妙な誤解や嫉妬などしないから安心していられます。とにかくあちらの女を見届けた後の私の心を見定めてから、恨んだり責めたりして下さい」
とつらそうに口説きました。

 女君は、
「ここを出ると決心したのに、どうして気にしょうか。権中納言の心のうちを考えれば、こんなことだろうと分かっていた。ただ妊娠中のわたしの見苦しい姿を世間に知られるよりは、ここに身を寄せていようと思っていただけなのだから。このままここで一生暮らすのなら憂鬱な不愉快な事だと思い悩むだろうが……」
と考えながらも、艶やかに微笑んで、
「貴方を思い続けている私の心をご存知なら、そのような言い訳は無用です。わたしは何も知らない方がいいでしょう」
とおっしゃるので、権中納言は恨み言を言われるより恐ろしい気がして、
「では、貴女が早く行って欲しいとおっしゃるのなら出掛けましょう」
と言うと、
「それでしたら早く。あの女がお気の毒です」
 権中納言は、恐ろしい気が増したような思いがしましたが、出立しました。
権中納言は、振り返り、振り返りして女君を見ていましたが、女君はいつもと違う様子を見せまいと素知らぬ顔で堪えておりました。
 しかし、権中納言が出て行ってしまうと、悔しさに若君を抱いて一睡もせず一夜を泣いて明かしたのでございました。

 翌朝の権中納言の手紙には、
「昨夜、四の君は無事に出産しましたが、まだ安心出来る容態ではないようですので、もう少し成り行きを見届けてからそちらに戻ります」
と書いてきましたので、
「分かりました。お聞きしていていたよりも安産だったようですね。これにつけても、私の出産のことがしみじみと思い出されます」
と、返事を書かかれました。
 女君は、宇治を出るのは今しかないと思いを定め、男君に連絡の使者を送った後、若君をお抱きになって一日中忍び泣きされていたのでございました。

 その日の夕暮れ時、男君は宇治の屋敷の近くまで来て女君に連絡されました。前と同じように乳母の手引きで、乳母の部屋に入って皆が寝静まるのを待ちました。女君は、いつまでも時が経たないように思えて落ち着きませんでしたが、乳母には、そのような気配は見せず、子を思う心に迷いながらただ若君を抱いて見守っておられました。
そのうちに夜が更けて人が寝静まると、乳母が女君を呼びに来ました。
 女君はかきむしられるような思いに心を乱しながらも若君を乳母に手渡されました。
「では、この子をしばらく預かって下さい」
 乳母が抱き取ると、若君が目を覚まして泣かれるので、女君は、しばしの間見守りましたが、身が引き裂かれる思いでお出になられました。子を思う親の心は何にも代え難いものであるといいますが、男姿で暮らしてこられた気強さがあってこそのご決断であったのでございましょうか。
「父君には、思うところがあるので吉野においでになるとお伝えておきました」
月が明るいので雲間に紛れて忍び出られる間も、若君の面影が頭から離れず、もどりたい気持ちを抑えながら車に乗られました。男君が親しく馴染んでいる乳母子三人ほどを供に、一晩中車を進め、翌日には吉野に到着なさいました。
 吉野の宮は男君から事情を聞いておりましたので、自分の部屋では具合が悪いだろうと、男君が女姿ですごしておられた部屋に迎えられました。
 車から降りた女君は、吉野の宮の出迎えを受けられました。吉野の宮に女姿を見られるのは恥ずかしくはございましたが、久しぶりにお会いした嬉しさに、そんなことも忘れて二人はしみじみと対面されたのでございました。

 女君は後ろめたい気分で憂鬱だった権中納言との日々から開放されてほっとされましたが、一方で明け暮れ見ていた若君が恋しく、自分が決めた事とはいえ物思いに沈むのでございました。また、急に女姿で現れた自分のことを変だと驚くに違いないと、姫君達とお会いにならず部屋に篭っておられるのをみた男君は、権中納言のことを思っているのだろうと、
「権中納言のもとを去って、離れて過ごすのは寂しいでしょうが、これからどうなさるおつもりですか」
とお尋ねすると、
「ふとしたはずみで契りを結んでしまいましたが、この先頼りにするつもりなどありません。そんなことではなくて、事情があったとはいえ、幼い我が子を連れて来れなかった事ばかりが気がかりで……」
と、こらえきれず泣かれるお姿は哀れでございました。

 男君ははじめて若君のことを聞かされ、権中納言と縁を切りたいが、左大臣さまにお話するのもはばかられている女君の心中を察して、この先の身の処し方を案じたのでございました。
「私も慣れ親しんだ女姿から男姿に変わって馴染めず、また、二夜と隔てることもなくお仕えしてきた東宮とは長く離れることになってしまいました。お逢いすることもできず、行方知らぬ野山の末で過ごしているのは現(うつつ)のこととも思えません。でも、男姿になったとはいえ、急に人前に出るのも恥ずかしくて、あなたの代わりに男姿でこのまま過ごすことができるかどうかもわかりません。もしかしたら東宮さまは私のお子を宿されたかもしれません。東宮さまの事が心配なのです。やはり私は女姿で尚侍として仕え、また、東宮さまにお目にかかってお世話をしたいと思いますが、女姿では、行く末も案じられます。右大将さまにお戻りいただいて後ろ盾となっていただきたいのです」
と、女君に細々と事情を打ち明けられました。
女君は、とても気の毒に思えたので、
「京には帰りたくないのですが、父君や母上のご心配は別として、そのような事情があるのならば私が戻らなければお助けできないのでしょうね」
とおっしゃいました。

 宇治では女君が、夜が明けるころになってもお戻りにならないので、若君の乳母はどうしたことかと怪しんでおりましたが、その日も暮れて蔀を下ろす頃になってもおみえになりません。女房達があちこち探し回り始めるのを見て、乳母は動揺して思い付きそうもないような建物の隅々まで探してみましたが、どこにも居られませんでした。
 どうしようもなく途方に暮れているところに権中納言が戻って来ので、報告申しますと、権中納言は目の前が真っ暗になり、気が動転して何も考えられなくなってしまいました。
「それにしても、どうしたわけですか。日頃、どのようなご様子だったのですか。京から誰か訪ねて来た人はいませんか」
と問われますが、乳母は自分のせいで騒ぎになったので、申し出る事ができませんでした。
「そういうご様子はございませんでした。普段はさりげなくされていましたが、お一人でいらっしゃる時は、若君から一時も目を離さずに忍び泣いておいででしたので、どこかに気掛かりに思っている人がいらっしゃるのかもしれないと気の毒に拝見していましたが、このように館をお出になろうと考えているなどとは思いも寄りませんでした」
と申し上げるので、権中納言も返す言葉がありませんでした。
「幼い頃から限りなく大切にされ脚光をあびてきた右大将に、このように隠れた生活をさせ、しかも自分は四の君にばかり夢中でこちらにはほとんどいなかったから、きっとこのような生活に慣れず嫌なことと思っておられたのだろうか」
 穏やかで安心した様子でお暮らしであったように見えたのに突然いなくなってしまわれたのが耐えがたく、見飽きる事がないほど素晴らしかった女君を思い出して恋しさに時間が経つにつれ気持ちが乱れ、悲しく堪え難く捜し歩く気にもならないほどでございました。

 このようなことは、ただ夢に見るだけでも嫌なことでございましょうが、悲しみに何も手が付かず打ちひしがれている権中納言の傍で、若君が無邪気に笑っているのを見ても、
「ああ、気丈にもこんなに可愛い子を見捨てるとは」
と信じられない思いでございました。
 女君の冷たさを思い知らされたようで、胸が張り裂けそうに悔しく悲しく、女君の臥し所に脱ぎ捨ててあった衣に焚き染められていた残り香に女君の面影を偲び、女君の表着を引きかぶって涙を流すのでございました。
 顔立ちや風情が言いようもなく愛敬あって魅力に溢れ、憂い、つらさや悲しい事も一切顔に出さずに愛らしくお話されていた様子を思い返すと、その恋しさは例えようがなく胸が一杯になり、他人の目も気にせず地団駄を踏み、泣いても泣き足りない様子でございました。
「それにしても手引きする人がいなくて、出てゆくことなどできるだろうか。幾ら何でも誰も気がつかないとはどういう事なのだろうか」
と思うのですが、訳が分かりませんでした。
「もしかして、書き置いた歌などはないだろうか」
とも思うのですが、女君はそんな未練がましいことをするような性格ではないことはよく分かっておりました。
 そんな時、ある女房が噂話を聞いてきました。
「この近くの者が、言いようもなく清らかで美しく若い殿方が、隠れるように美しい女を車に乗せてどこかに行ったのを見たが、あれはどなただったのかと不思議がっていました」
 男姿であった時のように、女姿のまま一人で出て行くとは奇妙だと思っていたのに、若い男の迎えがあったとはいったいどういう事だろうかと困惑してしまいました。
「昔からいろんなことに悩んできたが、今の悩みに比べたらどれも大した事ではない。これまでたくさんの女と恋をしてきたが、最後はこのように惨めで身を裂かれるような辛い思いで暮らさねばならないとは……」
と、しみじみと若君を見ながら涙を流したのでございました。
いつもの失恋であれば歌を詠んであれこれと気を紛らしてきましたが、今の権中納言には、あまりの悲しさにそれさえもできませんでした。

 権中納言が女君の事を思って悲嘆にくれていた頃、四の君は、産後の肥立ちが悪く、衰弱して気力もなくて息も絶え絶えなご様子で、
「父上にもう一度お会いすることも叶わず、勘当も解いて頂けぬまま死んでしまうのでしょうか」
と泣き暮らしておられました。
 四の君の母上はこれを不憫に思い、泣く泣く右大臣さまに四の君の様子を伝え、
「世間の評判を気にするのも、あの子が生きていればこそです。亡くなってしまってからでは……」
と申し上げるので、「顔も見ない」と四の君を勘当した右大臣さまでしたが、幾月が過ぎるにつれて恋しく悲しさがつのり、耐え難い思いでお聞きになりました。
「確かにもっともだ。わが子が今にも最期を迎えるかもしれないというのに、会わずに死に別れたらどんなに悔しく悲しい事か……」
とお思いになり、すぐに四の君のいる屋敷に向かわれました。
四の君のはかなげに打ち臥した姿は、どんな仇敵であっても同情を寄せずにいられないという風で、ましてあれほど可愛がっていた親の目にはどうしようもないくらい哀れに見え、
「なんと冷たい親だと思っていることだろう」
と後悔され、
「こんなになるまで会わなかったとは。心外な噂を耳にしてついかっとなり勘当してしまったが、今でもおまえのことはほんとうに愛しくて、悔やんでいるのだよ。ともあれ、生きていてくれることがなによりなのだ。神よ仏よ、我が命に代えて娘をお救い下さい」
 声も惜しまず泣き惑いながら、薬湯を掬って無理に四の君の口に運ばれる。意識のおぼつかない四の君にも父君の声だと分かったようで、目を薄く見開いて顔を見つめ頬には涙が伝いました。右大臣さまはその様を見ているだけで悲しく心苦しく、祈祷の限りを尽くし、じっと抱きかかえておられたのでございました。

 四の君は少し意識を取り戻すと、苦しい息の下で、
「わたしを尼にして下さい」
とおっしゃるので、
「縁起でもない。私が生きているうちはそのような事をおっしゃいますな」
と、始終、世話をして付き添っておられました。
四の君には、涙が出るほど嬉しくありがたく、我慢して薬湯などを飲んだせいでしょうか、見違えるほど回復なさいましたので、右大臣邸にお移しし、片時も離れず看病されたのでございました。

 四の君は、権中納言が失踪した女君の事を思い悩み、自分のことを忘れて訪れないのも、以前だったら恨めしく思ったでしょうが、こうして右大臣邸に移ったから来れないのだろうと思い込んでいるのは、権中納言にとっては都合のよい事でした。右大臣さまは今度生まれた姫君にたくさんの乳母を付けて、とても可愛がっておられましたが、四の君が戻った今となっては、行方不明の右大将から知らせがないことだけが「残念で辛い事だ」と気にかかっておいででございました。

22 右大将の帰京

 男君は吉野山の宮の姫君達が理想的なとても素晴らしい女性なので、折々に親しく話すようにされました。特に姉宮の上品で気高い美しさは、東宮様にもまして、男君の心をとらえて離しませんでした。
 吉野山の宮は、娘達に男君のことを教えておりませんでしたので、姫君達は、女君との区別が付かず男装の男君を右大将だとばかり思っておりました。以前のように親しく語らい合っておりましたところ、ある日男君は、気持ちを抑えきれなくなり、姉宮に馴れ馴れしい振る舞いに及びました。姉宮は突然のことに少し困惑しましたが、この方ならばと身を許したのでございました。

 男君と女君はいつまでも吉野に隠れて過ごす訳にもいかず、また父君・母上も待ち焦がれておいででしたので、京に出発されることにしましたが、男君は姉宮と少しでも離れてしまうのが心残りで、
「私と一緒に京へまいりましょう」
と誘われました。
 男君の言葉に姉宮も別れが心細く悲しかったのですが、
「世間から隠れて住み慣れたこの地を離れ、知り合ったばかりの男に身を任せてついて行くのはどうだろうか。自分一人だけのことでもないし、中の君ひとりを残してはいけないけれど、中の君まで連れて行くのは気がひける。京に行ったからといって男君と始終お会いしていることもかなわないだろうし、吉野からは遠くて父宮のご様子も想像するしかなくて不安な日々を過ごすに違いない。鄙びたこの吉野の地に住んで人並みでないわたしが、突然、立派な場所に出て行っても笑いものになるだけだろうし、辛い目に合ってここに戻ってきたとしても、人はそんなわたしをどう思う事でしょう」
と考えて、
「京に行くなどとんでもないことと」
と誘いに乗る気配もないので、男君が口説くと、姉宮はさすがに涙ぐんで、

 住み侘びて思ひ入りけん吉野山 またや憂き世にたち帰るべき
(憂き世に住みかねて吉野山に入ったはずなのに、再び憂き世に帰る事が出来ましょうか)

「わたしはこのまま吉野山におりますが、お見捨てくださいますな」
と消え入るようにおっしゃる様子は、気品があり上品なものでございました。
「そのように言われてしまうと、私の方が恥ずかしいではありませんか」

 住み侘びて今はと山に入る人も さてのみあらぬものとこそ聞け
(憂き世に住みかねて今はと山に入った人も、いつまでもそうしていられないと聞いております)

と男君は恨み言を言われましたが、内心、いきなり京にお連れしても、東宮さまにも打ち明けない訳にはいかないと思い悩まれるのでした。

「確かに急な話で不安なことでしょう。迎え入れる屋敷を用意して、改めてお迎えに上がる事にしましょう。今のような隠れ忍ぶ身で、このような申し出をするのもあまりに遠慮がなさすぎる気もします。まずは吉野山の宮が見ても驚かれるくらいに立派に準備をしておきましょう」
などと考えた男君は、女君と吉野山をご出発されました。

 闇夜に紛れて京に戻られたお二人は、男君が尚侍として使っていた部屋の御帳台に女君をお入れ申して、自分はその前にお座りになられました。
 女君はとても愛らしく、また慕わしく華やかで、髪が艶やかにゆらゆらと肩に掛かった様が実に素晴らしく、なよやかに座わられておられました。一方の男君も言いようもない程に清らかな姿で、美々しく伺候している姿は現とも思えません。
 左大臣さまはお二人が本来の性の姿に戻ったのを見られて、かつて「とりかへばや(二人を取り替えたい)」と嘆いていた悩みが消え去りほっとされました。

 左大臣さまは、お二人があまりに似ていたのに驚かれ、二人がほんとうに入れ替わったのだろうかと落ち着きませんでしたが、
「元々、こうあるべきだったのだ。それぞれ気持ちが変わらぬよう、そのままの姿で過ごすがよい。姿形がそっくりで本当に都合がよかった。これほど違う所がないのも不思議なほどだが、はじめからこういう運命であったのかもしれぬ。息子よ、今後は右大将として宮仕えをしなさい。見たところ少しも以前の右大将と違う所がないから、少し位別人だと思われても大丈夫だろうし、またあれこれ言って咎める人もおるまい。右大臣家の娘は権中納言がわざわざ付き添って心配しながら世話をしていたそうだが、右大臣は勘当を解いて再び自分の屋敷に迎え入れたそうだ。」
 左大臣さまは自分の思いを伝えると、満足げに頷かれたのでございましたが、男君と女君は、胸が潰れる思いでそんな左大臣さまを見ておられたのでございました。

「ここ数日、尚侍は病んでいます」
と取り繕っていたので、東宮さまが使者を遣わされて、
「どのようなご様子ですか。この頃は、東宮さまもご気分がすぐれぬ様子ですので、お治りになったら早く参上するようにとのご意向でございます」
と申し上げるので、男君は東宮さまのことがいとおしく思い出されるのでございました。

 帝も右大将の帰京の話をお聞きになられ、まずは出家しないでこの世に留まっていた事を喜ばれ、すぐに参内するよう命じられました。
 左大臣さまは、
「早く参内なさい。右大臣家の娘の心外な事件に嫌気が差して吉野山の宮のもとで隠れていたとでも言い繕えばよかろう」
と男君に催促なさいましたが、
「男姿は不慣れでぎこちなく、きっと不審に思われるだろう」
と恥ずかしい気持ちで決心がつきません。
 しかし、世間の噂というものは、いつでももっともらしくつじつまをあわせて語られるものです。
「右大将は権中納言に四の君を寝取られたことを嘆き悲しみ、吉野山の宮のもとに隠れて出家しようと考えていたが、宮の娘と親しくなり世を捨てる事が出来なくなったものの、やはりそのことが不愉快で都に戻る気はなれなかったらしい。それを聞いた左大臣さまが、今は限りの親の顔を今一度見ようとも思わないのか――と泣き悲しみうらみながら説得したので、断る事も出来ず仕方なく京に戻ってこられたそうだ」
右大将の帰京を知って、人々は勝手に言い騒いでおりました。

 男君が立派に正装して歩み出ると 人々があまりに大げさに騒ぎたてるので決まり悪く感じましたが、長年、右大将に仕えていた前駆や随人などは姿を一目見ただけでこれまでの闇に暮れていた気持ちが吹き飛ぶような思いでございました。
 男君には全く初めてのことばかりでしたが、女君から教えてもらったことを思い出しながら、平静を装って内裏に参上されました。
「ああ、この者が出家してしまっていたら、世の人々がどれくらい嘆いた事か」
と帝はじっと右大将を御覧になって涙を流されました。帝が右大将をよく見ると久しかった数ヶ月の間にいっそう立派になり、艶やかな上品さまで加わったように感じられました。

 雲の上も闇に暮れたる心地して 光も見えず辿りあひつる
(あなたの行方が分からなくなって、雲の上までも闇に包まれたように光も見えず皆、右往左往していたのだよ)

 右大将は畏まって返歌を詠んだ。

 月のすむ雲の上のみ恋しくて 谷には影も隠しやられず
(月の澄み渡る雲の上のような帝のおられる内裏が恋しくて、谷に姿を隠し続けることができずに戻ってきてしまいました)

 その様は毅然とし、凛々しさまで加わった感じがすると、帝は眩しい思いで右大将を御覧になられたのでございました。

 次に右大将が東宮のもとに参上すると、御前から遠く離れた御簾の外に座が設けられておりました。程なく宣旨の君が膝行して来て、
「尚侍のご気分はまだよろしくないのでしょうか。御前も原因が分からないのですが、時々、体調が優れずお苦しみのご様子ですので、良くなられましたら是非、参上されるようにお伝え下さい」
と申すので、右大将(男君)は胸もつぶれる思いで聴かれました。東宮とは朝夕に馴れ親しんだ間柄なのに、男姿になったばかりに、このように雲居遥かな関係となってしまって直接お慰めすることもかないません。東宮さまの思い乱れた様子を思い出すと堪え切れずに涙が溢れてまいりましたので、決まりが悪くなり言葉少なくその場を立ちましたが東宮さまのいる方ばかりが気になり、

 返しても繰り返しても恋しきは 君に見慣れし倭文(しず)の苧環(をだまき)
(繰り返し繰り返し恋しいのは、貴女に馴れ親しんだ昔の事です)

と歌を詠まれました。

 屋敷に戻られた男君が女君の部屋に行くと、御帳の前で横になって、ゆったりとくつろいだ様子で外を眺めておられました。昔のことを思い出されていたのか、男君に気づき慌てて涙を拭い隠され、身体を起こされました。
見てきた内裏の様子を話すと、女君は昔を思い出してしみじみと感慨にふけるのでございました。

 右大将が帰京した噂が世間に広まって四の君のこともそのままにしておけないので、女君は、男君に相談して四の君に手紙を書かれました。
「恐らくこちらの事情はお分かりになっていると思いますが、長い間ご無沙汰してしまった言い訳は書き尽くすこともできません」
 そう前置きをして歌を添えました。

 目並べば忘れやしにし誰ゆゑに 背きも果てず出でし山路ぞ
(他の男と比べて私の事を忘れてしまわれたのでしょうか。私は誰でもない貴女の為に現世を背く事が出来ず、こうして山路をたどって都に戻って来たのですよ)

 一方、右大臣さまは右大将が戻ったという噂を耳にして、
「思いを定めて世を捨てたのなら、俗世をきらってのことだろうと納得もできようが、こうして京に戻ってきておきながら我が娘の許に足を向けないとは恨めしいことだ。それにしても、どうしたものか」
と、どういう事かわけが分かりませんでした。
 右大臣さまが思い悩んで胸を痛めているところに、右大将からの手紙が届きました。右大臣さまは、
「とにかく女は初めに契りを結んだ男に忘れられたと言われるくらい情けない事はない。まして外聞の悪い事があって男に嫌われたなどと世間で評判のたつのは情けなく、手紙しかくれないほどの愛情では口惜しいが、とにかくこの手紙にだけは返事をお出しなさい」
 四の君はとても出来ない事と断ろうとしましたが、右大臣さまが傍を離れず熱心に促されるので、父君の心に背いて再び怒りを買うことが恐ろしく、

 今はとて思ひ捨てつと見えしより あるにもあらず消えつつぞ経る
(貴方が今はこれまでと世を捨てたと知った時から、私は、命も絶える思いで時を過ごしております)

とお手紙を書かれました。
 上品で美しい筆跡だったので、男君は心を留めて女君に手紙を見せました。
「お顔もお姿もとても美しい方でしたよ」
と女君は、見馴れた筆跡にしみじみと昔を思い出され、男君は、まだ見ぬ四の君に思いを馳せるのでございました。

 男君は四の君と逢おうと、夕暮れに右大臣邸を訪れるつもりでございました。その頃、右大臣邸でもお手紙が来たからには、右大将が立ち寄るかもしれないと、右大臣さまご自身が指図され、部屋を整えたり侍女達の衣装を改めたりと余念がありませんでした。
 四の君は、
「父君に勘当されてお産のときには生死の境を彷徨った私を世話してくれた権中納言に身も心も許して、この男にと決めていたのに、また右大将に身を任せる事になるとは」
と、権中納言の心を思うと申し訳なく、また右大将にもかつては仲睦まじい夫婦でしたが、ここ何ヶ月かの隔てが気恥ずかしくまともに顔を見る事も出来そうにありませんでしたので、
「朝夕に見慣れていた時でさえ恥ずかしくなるほど立派な方に、今の疲れ果てた自分の姿をお見せするのは気がひけてならない」
と、落ち着きませんでした。
 髪を整え、豪華な衣に香を焚き染めて準備されましたが、考えれば考えるほど胸が苦しくなるのでございました。

 かなり夜が更けてから右大将は、通い慣れた妻の屋敷と思われぬほどりっぱに威儀を整え、落ち着かない様子で忍んで姿を現しました。ほのかな灯火に細やかになよなよとした物腰で歩み入てきたその姿は、以前の右大将よりもやさしげでございました。
 侍女達は、もうお会いすることもあるまいと思っておりましたので、変わらぬお姿を夢のような気持ちで見て、皆、涙を流したのでございました。
 右大将は言葉少なに四の君の居場所を尋ねられましたが、四の君は動く事も出来ずにおられるのを、
「お前がそんなことだからおかしな噂が立つのだ」
と右大臣さまはそう言って嘆息をつかれるので、四の君は恐ろしくなり、無我夢中で膝行してお出ましになられました。

 四の君は、情けなくも右大将が屋敷を出て行った時の事を思い出し、再び右大将にお会いするのが現実と思えず涙を流しましたが、右大将は、四の君の泣いている気配や肌触り、ほのかな灯火に浮かぶ姿など、上品でなよなよとして情感に満ちた様子に、話には聞いていたがこれほど素晴らしい人であったのかと心惹かれました。
「貴女には嫌われる宿命だとはわかっていますが、恨めしい貴女への思いを断ち切ることができるかと試しに吉野の峰の奥深く訪ね入りましたが、やはりあなたへの愛しさに負けて、外聞悪いことも忘れて戻ってきたのが、かえって罪深いことになってしまったと悔やんでおりましたが、貴女が平穏とでお過ごしと聞き安心していました」
等といかにも細々としたことまで心得た様子で話し続けるので、四の君は以前と別人だとは思いも寄りませんでした。

 世を憂しと背くにはあらで吉野山 松の末吹くほどとこそ聞け
(わたしとの仲をつらいと思って世に背いたのではなく、吉野山の松の梢を吹く風のように貴方を待つ女がいたと聞いていますが)

という四の君の姿が愛らしく、このように答える女なのかと右大将は憎からず思い微笑みながら

 その末を待つことわり松山に 今はと解けて波は寄せずや
(貴女は私の妻なのですから私を信じて待っていて欲しかったのに、松山にあだ波が寄せるように他の男を許しませんでしたか)

と歌を返されました。
 恥ずかしくなるくらいやさしくたしなめる右大将に、
「我が身まで心寂しく、身の置き所がない気がしていたのです」
と、どうしてあのような歌を詠んでしまったのかと四の君はひや汗が流れる思いでございました。

 四の君は、今夜もいつものようにただ親しくしみじみと語り合って過ごすとばかり思っていましたが、驚いたことに右大将は身体を求めてきたので、初めて男と契った時よりも恥ずかしく感じましたが、いまさら怯え騒ぐことでもないので身を任せておりました。右大将は四の君の嘆き乱れる様子を感じながら、きっと変だと思っているに違いないと気の毒に思った。

 四の君に会うまでは、権中納言が思い入れて世話をしている四の君と打ち解けようとも思っていませんでしたが、今はいい加減には扱えない気持ちになられました。
 男君は決まりが悪いので、昼間は右大臣邸を出て、夫婦仲を恨んでいるような顔で夜だけお通よいになられました。

 寝乱れて語り合う時に近くで感じる気配などは、以前はたおやかでなよなよと親しみ易かったのに、今の右大将にも同じように親しみ易さや優雅さは感じてはいたものの仕種などが妙に女めいて、四の君は不思議で納得がいかないと思い続けておりましたが、耐えかねて、

 見しままのありしそれとも覚えぬは 我が身やあらぬ人や変はれる
(かつての貴方だと思えないのは、わたしが変わったからでしょうか。それとも貴方が変わったからでしょうか)

と溜息をつく四の君を見ながら、さすがにおかしく感じるところがあるのだろうと右大将はもっともだと思われましので、

 ひとつにもあらぬ心の乱れてやありし それにもあらずとは思ふ
(他にも愛する人がいる貴女の心が乱れているので、昔の私と違うと思っているのではないですか)

と女君に似せて言うので、四の君には余計に見分けがつかなかったのでございます。

 権中納言は、時がたつにつれて残された若君がとても可愛らしく成長し、次第に起き返りなどするようになるのを一時も目を離さず見守っておりました。
「あの女は、いつもこの子を抱いて、たいそう可愛がって世話をしていたのに、今は、どこでどんな姿になって隠れ暮らしているのだろうか」
と、思い悩んで苦しい日を過ごしておりました。
 そんな折に、ある女房が、
「右大将は探し出されて京に戻られ、内裏にも参内されているようです」
というので、
「また、男姿に戻られていたとは……」
とそれを聞いた権中納言の戸惑いは例えようがありませんでした。
「男姿に慣れた人だから、女姿は出産するまでというつもりだったのだろうか。あれだけ女らしくなったのに、結局、男として生きる事を選ばれたとは……」
とても世間離れしたことに思われ、とにかく逢って様子を見ようと思い立ち、若君を連れて京の式部卿宮邸に戻りました。
 陣での公事にはきっとおいでになるだろうと思って参上すると、案の定、前駆の華やかな前触れとともに右大将がおいでになられました。
 右大将が人々にかしずかれる様子を見ながら権中納言は、
「このような生活に慣れた人が、人目を忍び隠れた生活をつまらないと思うのは当然かもしれない」
と思いましたが、久しぶりに見る右大将の艶やかで優雅な姿に目が眩む思いでございました。
 右大将も権中納言に気づいて、
「何か変だと思っているのだろう」
と気が気ではなく顔色も変る思いでしたが、心を静めて毅然とした態度を心掛けました。

 権中納言は何とか言葉を掛けようと機会を伺っていましたが、右大将は立ち止まらないようにして、言い寄る隙を与えませんでした。
 公事が終わるや急いで帰ってしまわれる右大将を、
「私の事はすっかり思いきってしまわれたようだが、いくらなんでも若君の事がどうなったのかとご心配ではないのだろうか」
と権中納言は恨めしく悲しく見送るばかりでございました。
 権中納言は一晩中思い悩みましたが、思い切ることができず、

 見てもまた袖の涙ぞせきやらぬ 身を宇治川に沈み果てなで
(せっかく貴女とお逢いできたというのに、私の袖は涙を堰き止める事ができず、あなたに思い捨てられたわが身を宇治川に投ずることも出来ません)

と、思いを手紙に託したのでした。
 言葉を飾ることも無く、ただ恨み言だけをしたためた手紙を見て、
「きっと権中納言は私のことを女君だと思っているに違いない」
と、右大将は気の毒に思いながら尚侍に手渡されました。
「いつも、再び男姿に戻って人前に顔を出したいと思っているのだろうとわたしをからかっていたのに、わたしが本当に男姿に戻ってしまったと、どんなにか浅ましいことと思っているでしょう」
 胸を痛める尚侍を前に、右大将のことを男装した女性だと信じている権中納言の心中を思うと気の毒でもあり恥ずかしくもありましたが、誤解を解くために二人の正体を世の人に明かす訳にはいかないので、
「権中納言にはそう思わせておけばよいのです。ただ、男女の事には察しのいい人のようですから、私が書くと見咎めるかもしれませんので、ここは貴女がご返事をお出しください」
と、右大将(男君)が熱心に返事を勧めるので、仕方なく女君は筆を取られました。

 心から浮かべる舟を恨みつつ 身を宇治川に日をも経しかな
(貴方の浮気を恨みながら、宇治川の辺で日々を過ごしておりました私の心をご存知でしょうか)

 目が眩むほど素晴らしいでそれだけを書きつけて、権中納言に出されました。
 権中納言は手紙を受け取って、これほど深く嫌われたのも、自らの心の報いと弁解しようがなく、

 いとどしき嘆きぞ勝る理を 思ふに尽きぬ宇治の川舟
(貴女のおっしゃることはもっともで、益々、私の嘆きは深くなるばかりです。宇治の川舟のように私は後悔するばかりです)

と、自分の怠慢のおわびを書きつくして、くりかえし手紙を送ったのでございました。

(巻三終り)

巻一)  (巻二)  (巻四

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