こぶとりものがたり


(宇治拾遺物語第一巻三 鬼にこぶとらるゝ事より改編)

 今ではすいぶん昔の話となってしまいましたが、顔に夏みかん程の大きなこぶのある太郎と次郎という兄弟がいました。兄の太郎は、大きなこぶがあるのが恥ずかしくて、家にこもってばかりいましたので、外の仕事はもっぱら弟の次郎がしていました。ある時、次郎は山仕事に出かけましたが、山の中で突然の大雨に遭い、山を下りることができなくなってしまいました。近くには、木こり小屋もなく、しかたなく古木のうろを見つけ、身を屈めて、風雨の収まるのを待つことにしました。

 そのうち、ウトウトとねむりこんでしまいました。_雨がやんでも、月が出ても、高いびき。_いつのまにやら、日もとっぷりとくれて、真夜中になってしまいました。どれほどたったでしょうか。気がつくと遠くの方から人の声がして、何やら騒ぎながら次第に近づいて来る気配がしました。

 こんな真夜中に山にいる者は、自分独りだと思っていたのに、村人が自分を捜しに来たのかと、穴から外の様子を伺うと、そこには人とは違う者たちがいました。
 皮膚の赤い者は青い着物を着て、黒い肌をした者は赤い着物に、猿股という格好で、大半は、一つしか目がついて無い者や口のついていない者など、とても口に出して言えないような恐ろしい形相をした者どもでした。それが百人ぐらい集まって、次郎が潜んでいる古木の前を囲んで火を焚き、宴を始めました。

 肝をつぶして声を上げそうになるのをどうにか押さえて、震えながら外の様子を窺っていると、上座に首領と見える鬼がいて、その左右には、連なって醜い姿をした鬼どもが数え切れないほど座っています。
 でも、鬼どもが酒を飲んで酔っぱらう姿は、この世の人々がするのとあまり変わりがなくて。首領と見えた鬼などは、度々酌を受けて、大変酔っぱらっている様子でした。

 端の方の若い鬼が立ち上がると、四角い盆を頭にかざして、上座に座る鬼の前に進み出て、なにかを話し、上座の鬼が、盃を左の手にもって、上機嫌でいる様子など、まるで普通の人の様です。若い鬼が舞いを一さし舞って自分の席にもどると、今度は、端の方の鬼から順に一さしずつ舞いはじめました。下手な者もいれば、上手く舞う者もいます。驚くばかりに思いながら見ていると、上座の鬼が、

「今宵の宴は、実に面白い。だが、いかにも珍しい舞いが見たいものよのお」

 などと言い出しました。すると、何かが取り付いたのか、神仏の威光か、『それなら、わしが走り出て舞ってみようか』という考えが次郎の頭の中をよぎりました。さすがに、一度は思い直しましたが、鬼どもが打ち鳴らす拍子がなんともなく心地よげに聞こえてくるので、『ええい、どうにでもなれ、どうにも踊られずにはいられない。死ぬのならそれもよかろうよ』と、烏帽子を鼻にかかるまで垂れ下げて、腰に鉈(なた)を差すと、上座の鬼の前に踊り出ました。

 これには鬼達の方がびっくりして、「こいつは、いったい何者だ」とざわめきましたが、次郎は、伸び上がったり、屈んだりと、身をねじり、くねらせ、掛声を上げて、火のまわりを踊り続けました。上座の鬼をはじめ、そこに集まった鬼どもは皆、驚きながらも大変面白がり、陽気な鬼たちも、これにつられて時がたつのもわすれて踊りつづけました。
「長年、この宴をしてきたが、これまで、こんなおもしろい奴には、はじめてじゃ。これからは、このような宴の時はかならずやってこい」
 と上座の鬼が言うので、次郎は、
「そのような事おっしゃらなくても、やって参りましょう。このたびは、急な事だったので、とっておきの踊りも忘れていました。このように喜んで見ていただけるなら、この次ぎは、もっとうまく踊って御覧に入れましょう」
と言うと、上座の鬼は機嫌よく
「よく申した。必ずやって来るのだぞ」
言いました。

 すると、奥から三番目に座っていた鬼が、
「こいつは、そうは申すが、やって来ないかもしれん。質に何か預かっておくのがよろしいでしょう」
と、言い出しました。
 上座の鬼は、
「なるほど、それももっともだ、しかし、何を取ろうか」
 鬼どもはそれぞれ隣の者と、相談しあっていましたが、上座の鬼が、
「そうだ、こやつのこぶを取ろう。ふくれたこぶは福の象徴だから、それをきっと惜しむに違いない」
 と言い出しました。次郎は、
「たとえ、目鼻を差し上げたとしても、このこぶばかりは、お許し下さい。わたくしは長年なじんでいるものですが、あなた様がお召しになられても何の役にもたつものではございません。それに、こぶがあってこそ面白く踊ることができるのです」
 といえば、上座の鬼は、
「このように惜しんでおる。ぜひそれを取れ」
 そう言うと、一匹の鬼が近寄ってきて、
「さあ、取るぞ」
 と、こぶを鷲づかみにすると、次郎が痛みを覚える間もなく、いきなりねじり取ってしまいました。

 しらじらと夜が明け始め、鳥がさえずり始めると、鬼どもは、
「必ず、次の望月の夜の宴に来るのだぞ」
 と言い残し、いそいそと山奥に帰って行いきました。
 そして、次郎が顔をさぐってみると、長年頬についていたこぶは跡形も無く、いくら触っても拭き取ったようにきれいさっぱりとなくなっていました。

 こぶが消えて家に帰ってきた次郎を見るなり、兄の太郎は、
「これは、どうした事か。どうやってこぶを取ったのか。どこの医者か、わしにも教えてくれ。このいまいましいこぶを取りに行きたい」
 と問いました。

 次郎は、しかじかと事の様子を語りました。
「なんて不思議な事だろう」
 太郎は、驚くばかりでしたが、
「よし、わしもその方法で取ろう」
 と言うので、次郎は、一部始終を細かく教えました。

 そして、次の八月葉月の望月の夜、太郎は、聞いた通りに、古木のうろに入って待っていると、やがて、おはやしの音が聞こえてきました。様子をうかがっていると_本当に、聞いた通り、鬼どもが出てきて、火を囲んで酒を飲みはじめました。
 しかし、太郎は、陽気な鬼のおどりを見ても、すこしも楽しくなれません。おどる鬼たちを見て、ただ、ブルブルとふるえているだけです。

「どうした、あの男は、来ておるか」
 上座の鬼が、そう言ったので、太郎は、しかたなく出て行きました。
「お前、また、こぶをつけてきたのか。そういえば、こぶがあってこそ面白く舞うことができるとか申しておったな。前のこぶも返してやろう。こっちへ来て、早く踊れ。」
 鬼が、何も無い方の頬めがけて肉の塊を投げつけると、左右にこぶのついた太郎が、出来上がりました。

 思いもよらぬことに太郎は気が動転してしまいましたが、鬼どもの機嫌を損ねてはいけないと、次郎に教えてもらったように、諸肌脱いで、腹踊りをはじめました。しかし、次郎に比べて、生真面目で不器用な性格だったので、踊りも今ひとつぎこちなく、とてもへたなおどりに、上座の鬼は、だんだんきげんが悪くなってきました。

「もうよい、本当に下手な踊りだ。裸踊りならこっちの方が面白かろう」
と、今度は、太郎の顔のこぶをちぎりとると、それを胸に張り付けてしまいました。

 思わぬ事に太郎が立ちすくんでいると、鬼たちの中から、
「ほぉ〜」「ふ〜む」
と驚きともため息ともつかぬような声があがりました。

「こっちに来て、酌をせい」
上座の鬼が、手招きをして太郎を呼び寄せました。
「これ程のいい女になるとは思わなんだわい。上等な打ち掛けを持って来て、こいつに着せてやれ」
上座の鬼は、手下の鬼に命じました。

 太郎は自分の顔を見る事ができないので分かりませんでしたが、家にこもってばかりで透き通るように色白の太郎の顔は、こぶがとれて女のような美しさで輝いていたのです。
 鬼は、太郎に女の着物を着せると山へ連れ帰ってしまいました。

 朝になっても帰ってこない太郎を心配して次郎が探しに行くと、不思議な事に次郎が雨宿りした古木のうろは埋っていて、そこから一本の太い枝が伸びていました。

 それ以来この村では、望月の夜は決して山に入ってはならず、八月の望月の夜は氏神様の社の前で、男は女の、女は男の格好をして踊り明かすようになったと言うことです。

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