黄金の魔力

(原作「バビロニア昔話」より)

 昔、ペルシアに、パルソンデスというメジア王アルタイオスに仕える戦士がおりました。

 優れた狩人として、また戦士として、歩兵戦にも、戦車に乗っても、りっぱな腕前を持っていましたので、王のお覚えもめでたく、宮廷でも勢力を持っていました。
 パルソンデスは、しばしば、自分をバビロニアの太守にして欲しい、と王に願い出ておりました。バビロニアの現太守はナンナロスといい、いつも女の衣装をつけ、女の装飾品を身につけている男でした。しかし、メジア王は先祖の定めた掟を破ることになると言って、いつもこの願いをしりぞけていました。

 太守ナンナロスは、噂でパルソンデスの企みを知ると、自分の身の安全のために、先手をうたなければと思い定めました。
 そして、ナンナロスは、王に仕えている料理人に、「パルソンデスを捕まえて連れて来たら、褒美をやろう」と言い含めておきました。

 ある日のこと、パルソンデスは王様のお供で、巻き狩りにでかけましたが、猟の最中に、森の中から飛び出してきた野馬を追いかけることに夢中になって、王達とはぐれて迷ってしましました。

 野馬を捕まえた時には、ずいぶんと遠くまできてしまっていたのです。パルソンデスが、お城の近くまで戻った時には、日も暮ていました。パルソンデスは、王の食料を調理している料理人の家を見つけ、「のどが渇いているのでお酒が欲しい」と、言いますと料理人達は彼が乗ってきた馬を見張ってくれて、酒を飲まし、その上、食事まで出してもてなしてくれました。一日中猟をしてまわっていたパルソンデスには、この歓待は非常にうれしいものでした。
 彼は、自分が捕まえた野馬を王様に差し上げるように、また家来に自分の居所を知らせるように、料理人に言いつけました。そうして自分に差し出された色々な食物を平らげて、素敵な酒をしこたま飲むと、「王様の所に帰るから馬を曳いてこい」と、言ました。
 ところが人々は、一人の美しい婦人を連れてきて、「今晩泊まってください」と、言うのです。もちろんパルソンデスは、言うとおりになりました。そして、猟と酒と女とにすっかり満足して、まもなく深い眠りにに入ってしまいました。そこを料理人は、ぐるぐる巻きに縛って、ナンナロスのもとへと運んで行きました。

 ナンナロスは、ぐるぐる巻きに縛られたパルソンデスを見て、なさけないやつだと、ののしり、また太守の役を得ようと狙ったことを責めつけました。
 パルソンデスは、「わたしの方が女の服を着ているおまえよりずっと逞しく、王にとっても大切な人間なのだ。わたしの方がお前よりもずっと太守には相応しいのだ」と言いました。
「お前がいくら王様に頼んでも王様は私から太守を取り上げられなかったではないか」怒ったナンナロスは、「本当に女々しいとは、どういうことか教えてやろう。ベル(エンリル)とミリッタの名に誓って、お前を男のままで、女よりももっと柔弱に、またもっと色白くしてやる。今からお前は、オダリスクだ」と言いました。
 そして舞姫達を取り締まっている宦官を呼び寄せると、パルソンデスの体の毛を剃り、毎日入浴させ、髪に油をつけて、女の着物を着せ、女のように髪を結び、踊ったり歌を歌ったりする女どもの中に入れて、女達のする技を会得させろ、と言いつけました。
 命令はその通りに行われました。ナンナロスの命を受けた宦官達が、パルソンデスの体を剃り、毎日入浴させて毛根を除く液体で身体を磨き上げ、羊の脚の脂でマッサージし、香水を体にふりかけ、髪や手足にヘンナを塗り、髪を整え女物の衣類を与え、女達の技をたたき込んだのです。そしてやがてパルソンデスは、どんな女よりも色が白く女らしい体つきになり、じょうずに踊ったり歌ったりするようになりました。

 一方メヂア王は四方八方に手分けして、パルソンデスを探させました。しかし、どこにも見つかりませんし、また、なんの消息も聞こえませんので、道に迷って猛獣どもに殺されてしまったに違いないと嘆いておりました。

 こうしてパルソンデスは、バビロンに捕らわれて以来、女の姿をして7年の月日がたちました。
 ある時太守ナンナロスは、ある宦官を無実の罪でムチ打ちの刑に処して、ひどく酷遇することがありました。パルソンデスはその宦官に近付くと、下女のように尽くしました。そして、メヂアに行って王に自分がバビロンで捕えられて不幸な目にあっていることを申し上げてくれるように頼んだのです。

 これを聞いた王は、ナンナロスに使者を送って、パルソンデスを渡すようにと命じました。しかし、ナンナロスはパルソンデスなど見たこともない、と答えました。

 王は第二の使者を送って、もしパルソンデスを渡さなければ、お前を死刑に処すと言わせました。ナンナロスは王の使者を厚くもてなしました。食事になると150人の女が入ってきて、ある者は踊り、ある者は楽器を弾き、ある者は笛を吹きました。
 踊り子たちは、肌の透ける薄衣を纏い、きらびやかな宝石をつけて、ゆったりとしたスカートをはいていました。大きなスカートは、彼女たちが踊るたびに扇子のように大きく広がりました。
 そして食事が終わるとナンナロスは王の使者にむかってたずねました。
「どの女が、最も美しいと思いますか?また、どの女が一番気に入りましたか」
 使者は一人の女を指しました。
 ナンナロスは散々に笑いこけて、言いました。
「その女こそ、あなたが探しているかのパルソンデスですよ」

 釈放されたパルソンデスは、その翌日に、彼は使者と一緒に王の許へと帰っていきました。

 王はパルソンデスの姿を見ると非常に驚いて、「そんな屈辱を受けるくらいなら、なぜ死んでしまわなかったのか?」とたずねました。すると、パルソンデスは答えました。「私はもう一度陛下にお目にかかって、ナンナロスに復讐していただきたかったからでございます。私が死んでしまったら、このかたきは討てないと思ったからでございます」

 王は、パルソンデスの望みを叶えてやろうと思いました。
 しかし、王はバビロンに行くとナンナロスを詰問しました。ナンナロスは、「わたしはパルソンデスに恨まれる覚えなどまるでなかったのに、彼はわたしを中傷し、わたしのバビロニアの太守の地位を奪おうとしました。わたしはただ、その復讐をしただけなのです」と言って、弁解したのでした。
 王は、ナンナロスが勝手に自分の都合のよい判断をして、しかも戦士を侮辱した事を指摘して、10日間の内に、ナンナロスの行為に対して採決を下そうと言いました。

 びっくりしたナンナロスはミトラフェルネスの許にかけつけました。この人は王の宦官の中で最も勢力のある方でした。ナンナロスは「もし王に自分の命を救ってくれ、そしてバビロニアの太守をさしておいてくれるように取りなしてくれれば、10タレントの黄金と100タレントの銀と、黄金の鉢10個と、銀の鉢200個をさしあげよう」と約束しました。
 そうしておいて、ナンナロスは王に献上するために、100タラントの黄金と、1000タラントの銀と、黄金の鉢100個と、銀の鉢300個と、高価な衣装その他の贈り物の用意をして、また、パルソンデスにも100タラントの銀と高価な衣服とを贈ることにしました。
 ミトラフェルネスは、こうしてすっかり手はずを決めると、「ナンナロスはパルソンデスの命を取ったわけではないから、パルソンデスと王様とに賠償金を支払わせて許してくださるように」と王に幾度も幾度もお願いしました。王も終いには、この願いを許しました。
 ナンナロスはうれしさの余り、王の足元に身を投げ出してお礼を言いました。

 しかし、パルソンデスは言いました。
「人間世界に最初に黄金を持ってきたやつは呪われるがいい。黄金のおかげでナンナロスは許され、私はバビロニア人の嘲笑の的となった」
と、大層くやしがったのでした。

    

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