蚕繭自縛


自らの糸で自らを縛り
繭の中で、偽りの夢を貪るものたち

繭の狭さに耐えられないわたしは
もがき苦しみ
己の糸でさらに隙間を埋め尽くしていく

繭を食い破れ
飛び立つ世界がそこにある

 自分の男性度は?女性度は?、どのくらいなのかと気になる人も多いかも知れません。また、誰しも、男性的な面も女性的な面も持っていて、完全な男性や女性はいないのだとも、よくいわれます。
 でも、男性も女性も、観念的な記号の世界、作られたものです。本来、人の仕草や性格には、男とか女という色付けはありません。

 たとえ、男性・女性に特徴的な生理的なものがあるとしても、それを男性や女性、それぞれに固有なものであるとして限定することは、社会や文化等から求められた価値感の問題なのです。
 人の一部の仕草や性格を、男性的であるとか女性的であるとか分類して、その枠に閉じこめようとしてきたものです。
 人は、男性・女性という言葉の樹海に迷い込んで、自分自身をも記号化して、観念の糸で自らの行動や性格を縛っているのです。

 歴史的に男性・女性の二元論だけでない多様性を実現してきた文化が、世界中に、もちろん日本にもあります。
 男性・女性(らしさ)という言葉にとらわれないで、自分をみつめ、自分を表現するにはどうしたらいいのか、一度、考えてみませんか。

    

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