チャラバイ(calabai)

 チャラバイとは、ブギス語で「偽りの女」という意味で、インドネシア共和国スラウェシ島に住む「身体は男、心は女」のブギス人のことです。最近は、「ベンチョン」、「ワリア」あるいは「サラ・デビ」(「偽りの女神」の意)などと呼ばれている第三のジェンダーともいうべき存在です。

 その存在は古くから知られていて、16世紀にブギスの王国を訪れたポルトガル商人アントニオ・デ・パビアもビッスやチャラバイについて記録しています。王国の祭器を管理し、その儀礼をおこなう「ビッス」(bissu)と呼ばれる祭司がいて、かれらはおぞましき同性愛者であるなどと記述されています。
 ビッスやチャラバイたちは、自由に王の館に出入りし、王族の子女たちの日常的な世話をしたり、種々の儀礼を司るなどの役割を果していました。17世紀に入ってまもなく、南スラウェシの王たちはイスラム教に入信しましたが、次第にイスラーム化が進行してゆくなかにあっても、ビッスの役割は揺らぐことはありませんでした。その役割が後退するのは、王国そのものが解体し、インドネシア共和国が独立(1950年)した以後のことです。
 ソッペン県では、今なおかつてのソッペン王国の祭器が「黄の家」(bola ridie)と呼ばれる場所に保管されており、チャラバイのなかから選ばれ、県議会の承認を受けてビッス職に就いた人物がそれを管理しています。祭器には、それぞれ性別が与えられていて、ビッスは男性祭器には女性として、女性祭器には男性として対応します。チャラバイが女性としての扱いを受けるのにたいして、ビッスは両性具有の存在として見なされています。

 チャラバイの伝統的な仕事は、ブギス語で「インド・ボッティン」(「花嫁・花婿の母」の意)と呼ばれる、花嫁・花婿の衣装着付け役です。本来の役目はたんに着付け役にとどまるものではありませんでした。高位の貴族の婚姻儀礼には、天上界に属する「花婿=王子」が「花嫁=王女」の属する地上界に降り立つという意味が込められているといわれ、ビッスにはその二つの世界をつなぐ道案内役としての役割が与えられていたといわれるのです。現在も、ほとんど全部のチャラバイが何らかのかたちで(1)花嫁花婿の伝統衣装の貸し出しと着付け、(2)結婚披露宴会場の式壇とその飾り付け、(3)婚礼の食宴のための調理と食糧調達といった伝統的な婚姻ビジネスに関わっています。

 ブギス社会では、男性性器の強さ弱さ、大小についての関心が強く、男性性器の強弱が男性としての強弱と見なされます。たとえば、排尿時に、勃起の徴候を示さない男児の性器は「弱い」とされ、あるいは「不能」としての烙印を押されてしまうこともあるようです。現実には、性器の弱い男児がかならずチャラバイになるというわけではないのですが、一般に、チャラバイの男性性器は未熟であり、男性としての性的能力を欠いていると信じられています。

 ブギスの人々はチャラバイという「性」を生得的なものとして信じています。チャラバイを言い表すのに「身体は男、心は女」という表現が、チャラバイ自身によっても、また村びとによってもよく用いられています。
 子供の頃、親族の者やドゥクン(民間治療師)に自分の性器を見られて、チャラバイになることを予言された経験を持った者も多く、思春期を迎えるようになると、かれらは自分の性器についてコンプレックスを抱き、自分に与えられた性に対して明確に違和感を覚え始めるようになります。学校から帰ってからは女物の服装に着替える者も現れ始めます。親はそうしたかれらの性向を放任する場合が多く、かれらの中には中学時代を終えるか終えないうちに親元から離れて暮らす者が少なくありません。そして、一人暮らしの祖母やオバのところに身を寄せる者、あるいは、婚姻ビジネスを手広くおこなうボスや、年長のチャラバイについて、見習いの仕事を始めだすのです。

 チャラバイは姉妹などの女性親族と同居するか、それとも一人暮らしの場合が多いのですが、一日中家の中で過ごすのはきわめて稀れで、伝統的な婚姻ビジネスに関わっています。
 かれらは仕事熱心で、チャラバイ仲間どうしで緊密に連絡をとりあい、仕事を分担し、人手や婚礼用具なども融通しあいます。県外で婚礼がおこなわれる場合でも、必要とあればそこへ出かけていって仕事をすることも珍しくなくて、かれらは単身者の身軽さも手伝い、村、県といった地域的な境界を越えて、自由に行き来するような仲間どうしの密接なネットワークをもっています。
 チャラバイは県のレベルにとどまらず、南スラウェシ州のレベルに至る協会組織をもっていて、南スラウェシ州のワリア(warria「ワリア」はトランスジェンダーを意味する公用語)協会長(ボネ県在住)によれば、州内で会員数がもっとも多いのはブルクンバ県で約300名、ついでワジョ県約200名、ボネ県174名、ソッペン県の場合は97名となっていて、協会組織は18の市県にまで及んでいるそうです。

 ブギスの人びとは、人間には男と女、それにチャラバイとチャラライの四種類があるといいます。人間が四種類に分類されるのは、身体的性と性自認との組み合わせの結果ですが、それらをジェンダーの水準で見るならば、男性役割と女性役割とにふたたび統合されてしまうのです。
 チャラバイの女性に対する性行動については、社会的に厳しい規範があります。一般的には、チャラバイの男性としての性的能力はありえないものとされています。それゆえ、かれらは自由に女たちの領域に出入りし仕事をすることが可能なのです。
 その規範を破ったばあいには、そのチャラバイは仲間から放逐され、仕事の場をも失うことになります。要するに、性的対象としてチャラバイに開かれているのは男性か、あるいは、チャラバイの仲間だけなのです。
 また、ブギスの人びとは、チャラバイをホモセクシュアルとは考えていません。チャラバイとホモセクシュアルとの違いは、まず前者が「女の心」をもつのに対して、後者は「男の心」をもつことだと説明します。つまり、ブギス社会では、身体的性ではなく性自認(ジェンダー・アイデンティティ)によって区別されるのです。
 ブギスには、「誰であれ、男であっても女性的特質をもつ者は女であり、女性であっても男性的特質をもつ者は男である」という慣用的表現があります。

 かつての伝統的なブギス社会の中では、男性は戦士として外部の敵と戦わねばならない役割、女性は祭司として超自然的脅威から共同体を守るという役割がありました。戦士としての役割は肉体的に衰えた男性にも要求され、そして、この社会的な要求に肉体的あるいは精神的に従うことのできない者は、女装を強制され、また、バヤサと呼ばれ、閉経後の女性同様に処遇されたのです。いいかえるならば、ブギス社会では「男の生き方からドロップアウト」して、女性のカテゴリーに入ることを社会的に許容してきたのです。
 そして、女性の領域で生活するチャラバイたちが、その社会的役割から「女性」として扱われていることに示されるように、ブギス社会では、性自認がジェンダーを規定すると考えられているのです。「女の心」をもつ者は、たとえ身体的には男性であっても、女性役割を担いうるのであり、反対に「男の心」をもつ者は、たとえ女性の身体を有していても男性役割を担いうることになるのです。男性役割を担う女性を、ブギス語では「チャラライ」(「偽の男」の意味)と呼んでいます。

 また、ブギス社会では、ジェンダーが交替可能なものとして認識されています。いったんチャラバイとして認められた者が「男」にもどることも、逆に、いったん男性として成人した者がチャラバイになることも起こりうるのです。ジェンダーの交替は、社会的な認知にもとづいていて、そのために性転換手術といった外科的手段がとられることもありません。性自認を最優先する社会では、「性同一性障害」はないといってよいのです。ブギス社会では、身体的性と性自認とがズレを示したとしても、それは「病気」ではなく、むしろ「運命」の領域に属する事柄であり、あるがままに認めざるをえない存在なのです。

 ブギス社会は、欧米や日本においては「医療」の対象となる身体的性と性自認のズレという問題について、そのズレを治療の対象として対処するのではなく、ズレをあるがままに認めたうえで、性自認を最優先させるという対処法をとっています。こうした対処法は、ブギス社会にのみ限られるわけではなく、東南アジア、さらにはポリネシアにも広汎に分布しています。さらにいえば、そうした対処法は、永い人間社会の歴史のなかではぐくまれてきた、性文化の所産ともいえるです。
 近代医療技術による形態的な性転換手術によってしかジェンダー交替が可能でないと考えることは、ジェンダーのもつ多様な可能性そのものを見失わせているのではないでしょうか。

(参考文献)
 くらしの文化人類学 4 性の文脈 松園万亀雄編 雄山閣

    

inserted by FC2 system