ムシェ

 メキシコ南部のオアハカ州にサポテコ族(Zapotec Indians)の町、フチタン市(Juchitan)があります。
 この町は、母系制社会で、伝統的に女性が強いことで世界的に注目を集めています。この町の経済は女性によって支えられ、男性よりも金を稼ぎ、一年中町のどこかで、お祭りが行われています。そして、「ムシェ」や「マリマチャ」という第三の性で暮す人々が住む町でもあります。

 ムシェは、スペイン語の「ムヘル(女)」が語源だといわれていますが、「ムシェ」は、女として暮す男性、「マリマチャ」は、男として暮す女性のことです。
 この町で、社会的性を決定するものは、服装と仕事です。サポテコ族の社会では、性と仕事は切り離すことができません。男女の性別により仕事の役割が明確に区別されていて、女性の格好をして女性の仕事をするものは、社会的に女性としての扱いを受けるのです。ムシェが女として認められるためには、女性としての仕事をうまくこなせるかどうかが問題なのです。ですから、男性と暮すムシェだけでなく、女性と暮して子供を持つムシェもいます。逆に、男と寝るだけでは、ムシェと呼ばれることはありません。
 女として生きたい男性はスカートをはき、化粧をして、ブラウスに刺繍をする。そうすれば、彼はすでに女であり、男としていきたい女性は、スカートを脱ぎ、髪を短く切り、町を大股で歩く。それで彼女はもう男なのです。

「男の子は普通に育っていったら、何人かはムシェになっていく。それは神様の思し召しなんだから、無理矢理にねじ曲げることなく、そのまま生きていったらいい」
 サポテコの人々は、男女の社会的役割を区別することによって、異性愛社会の枠組みを保ちながら、同性愛者などを受け入れる社会を築いています。サポテコの人々にとって、男らしさ女らしさは結局、演出の問題で、それによって性の交換が生じるのだと考えられ、異性愛の社会的役割の中で、「男」でありたいか「女」でありたいかを選ぶことが可能な社会なのです。男女の分業を排除しようとしている私たちの社会とまったく対称的なシステムです。

 ヨーロッパ人が、アメリカ大陸を発見した当時は、アメリカ大陸のほとんどすべての先住民族が、このような肉体的性を越境した人々を受け入れる社会システムを持っていました。
 しかし、ヨーロッパ人は、服装倒錯や同性愛を「忌まわしい罪」として、彼らを罰し、異端審問で火あぶりにし、また、同性愛は「自然に反する罪」で同性愛者は理性を持たないから、奴隷にすることができるという理屈で、アメリカ大陸の先住民族を征服する正当性の論拠にしたのです。
 そして今また、現代の経済成長と利潤追求の競争原理で動く社会は、このフチタンの町の伝統的経済環境を蝕み、母系制の生活基盤を破壊しつつあります。

(参考文献)
  JUCHITAN : STADT DER FRAUEN Veronika BENNHOLDT-THOMSEN (Hg.)

    

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