日本の祭り6

お田植神事

 お田植神事がいつごろどのようにして始まったかは、詳しくわかっていませんが、神様の前で田植えをして、その年の豊作を祈る、というのがその目的です。「田遊び」、「御田植え」、「御田」と呼ばれ、神事というよりも芸能祭に近いものが多く、田楽の伴奏で田植えをした風習の名残であるといわれています。

 お田植神事には、所作で稲作の様子を演じる形式と、実際の田に田植えする形式とがあります。
 稲作の一連の所作を演じる予祝(はふり)行事では、豊作の前祝いとして実際の米作りが始まる前に、その所作をまねることで豊作を祈り、凶作をもたらす悪い神を追い払うという儀式で、年の初めの最も大事な行事でした。昔ながらのコメ作りを、春の田おこしから、代かき、種まき、苗とり、田植え、鳥追、稲刈り、豊年祝いまで行います。予祝行事では、昼飯持(ヒルマモチ・オナリモチ)、オヤセや早乙女の役を男性が女装して行うものが多く見られます。田の神様は、女神なので男性が演じるようになったのかも知れません。
 また、皐月(さつき)の田植えのころには、神田等に田植えをして豊作を祈願するお田植神事があります。こちらは、タイコウチなどが女装するものが見られます。
 現在は、祭りも人手不足で、女性に換わったところも多い様ですが、全国各地およそ330か所にあるといわれるポピュラーな行事なので、ほんの一部しか紹介できません。

1)山屋の田植踊

 岩手県紫波郡紫波町山屋 山屋地区集落センター 1月中旬
 岩手県/岩手の文化情報大辞典/郷土芸能/田植踊り
 http://www.bunka.pref.iwate.jp/dentou/kyodo/index.html

 山屋の田植踊は、小正月を中心として行われる豊作祈願の予祝行事で、早乙女(しょうとめ)の笠ふりと間をつなぐ仲踊が中心となり座敷で踊る「座敷田植え」と呼ばれるもので、近郷の家々を田楽・田舞により踊り歩きます。
前口上から始まり「三番叟(そう)」、女装青年と道化男一八とが鍬を手にして踊る「苗代こせァ」、翁・狐・一八の3人で演じられる「五穀くだしと種まき」、子供たちの踊る「仲踊」、女装青年の踊る「早乙女」、若旦那が作り馬に乗って田植えの成果を見回る「御検分」、さなぶりの準備作業を順におどるもみすり・ぬかはなし・米つきなどの「さなぶり支度」、仕事着を洗う様を踊る「しろあらい」、秋の刈り入れの踊りである「稲刈」と1年の稲作過程を12の踊りや狂言などで順々に演じるものです。
初春の予祝行事が風流化され、きわめて多彩な芸内容を持った田植踊りとして展開したもので、早乙女が頭に冠った花笠を美しく回転する「笠ふり」は、岩手県中部地方の田植踊りの特徴をよく伝えていて、国指定重要無形民俗文化財となっています。

2)御田植祭り

 福島県大沼郡会津美里町 伊佐須美神社 毎年7月12日
 会津美里町役場ホームページ
 http://www.town.aizumisato.fukushima.jp/

 御田植祭は、三日がかりの神事で、7月11日伊佐須美神社庭上の芳の輪くぐりで幕をあけます。
 翌12日には、神社境内で、佐布川地区の男性による早乙女踊り、西勝地区に伝わる三匹獅子舞、稚児舞が奉納されます。
 午後には「でこ」と称する田植人形を先頭に神輿渡御行列が御田神社にむかって練り歩き、御田神社では、田植式、還御祭などが古式ゆかしく行われ、翌早朝の早苗直し、早苗振祭で終ります。
 佐布川地区に伝わる早乙女踊りは、300年の昔から続くといわれ、御田植え祭に奉納される早乙女は女性ではなく村の長男が女装しており、佐布川地区の長男にしか伝承されないものです。

3)早乙女踊り

 福島県奥会津地方各地

 早乙女踊りは古くから伝わる豊作祈願の行事で、奥会津各地区で1月14日(一部は旧暦)の夜に行われています。
 踊り手の人数や内容も地区によって若干の相違はありますが、早乙女役と道化役のひょっとこが、区長宅や新築、婚礼のあった家などを回って踊り、家内安全や五穀豊穣を祈願するものです。

小林早乙女踊り(福島県只見町小林地区)旧暦1月14日〜15日
3人の青年が早乙女に扮し、小正月の旧暦1月14日〜15日の朝にかけて集落の全戸を回り、早乙女踊り、早乙女・道化による小林甚句、小林おけさと踊ります。

両原早乙女踊り(福島県大沼郡昭和村)1月中旬
 その年の田畑の豊作を祈って行われる踊りです。昭和村でも両原地区だけの伝統行事で、 踊り子は男子に限られています。

4)野中の田楽

 京都府京丹後市弥栄町字野中 大宮神社 10月7日
 京丹後市旧6町ホームページ/弥栄町ホームページ/弥栄の文化財
http://www.city.kyotango.kyoto.jp/service/6chohp/

 大宮神社の秋の祭礼に奉納されるもので、ビンザサラと太鼓が各四名、手拍子・笛・鼓が各一名で構成されています。ビンザサラと手拍子は女装の少年が、太鼓は青年がそれぞれ担当します。女装の少年は、はち巻きをしてタスキがけです。手拍子の担当は、ビンザサラのかわりに手ぬぐいを持ち、ビンザサラの見習いとも称されています。
 内容は 1.飛び開き 2.ハグクミ 3.ササラ踊り(オリワゲ) 4.手踊り 5.扇の舞(ユリ舞) とよばれる基本形態で構成され、田楽おどりの特色をよく伝えるものです。
 京都府指定無形民俗文化財です。

5)御田植祭(おんだ祭り)

 奈良県高市郡明日香村飛鳥字神奈備、飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)、毎年二月の第一日曜(従来は旧正月十一日)
 飛鳥村役場ホームページ/観光情報/飛鳥の伝統行事/おんだ祭り
 http://www.asukamura.jp/gyoji/index.html

 立春の時期の、豊作を願う祭りですが、夫婦和合の様を神に奉納する祭りとして有名です。主祭神は事代主命(恵比須様)で、この神社には陽石が沢山あることでも知られ、昔から子宝、夫婦和合、子孫繁栄のご利益があるといわれてきました。
 この祭りは西日本三大奇祭のひとつとされますが、起源ははっきりとはわからないようです。

 祭りは、拝殿で祝詞などが上げられた後、天狗と翁と牛男(牛のかぶり物をした人)が、田を耕し、神主が拝殿の床に籾種を撒き、松の小枝を苗に見たてての田植えと一連の田仕事を神前に奉納します。
 その後、天狗と翁とお多福(女装の男性)が登場して、婚礼の儀式を行います。お多福は「鼻つき飯 」と呼ばれる、ご飯を神主さんに差し出し、天狗は「汁かけ」といって、神主の目の前で竹筒を股間にあてがってグルグルまわし、酒を注ぐ真似をします。
 次に、「種付け」。農作物の「種付け」と、夫婦和合の「種付け」をかけたものでしょうか。お多福が仰向けになったところへ天狗がのしかかり、天狗はおもむろに腰を使い始めます。介添え役とされる翁は、お多福の着物の裾をめくって除いたりします。
 次に、天狗とお多福は立ち上がり、懐紙を取り出し股間を拭くしぐさをします。そして、その紙を参拝者に向かって投げるです。これを福(拭く)の神(紙)といって、特に、その晩すぐにこの紙を実際に使うと効果てきめんとされ、子宝のお守りになるといわれています。それを2回繰り返し、その後餅蒔きをして、神事は終わります。

6)御田祭り(節供おんだ)

 奈良県宇陀市大宇陀区野依、白山神社、5月5日
 旧大宇陀町役場ホームページ
 http://www.town.ouda.nara.jp/

 神社の境内で十数名の神役たちが、田植えの様子をユーモラスに演じます。男性だけが行う神事で、歌に合わせて踊る早乙女にも男性。三人の男性が絣の着物に姉さん被りにした手拭いをかぶった早乙女(ショトメ)の姿をして、稲の代かきから田植えまでの予祝神事をします。
 県指定無形民俗文化財です。

7)御田の舞

 和歌山県伊都郡花園村梁瀬 遍照寺大日堂 二年に一度2月1日前後の日曜日
 花園村役場ホームページ
 http://www.hanazono-mura.jp/

 花園村で踊り継がれている御田の舞は、平安中期化から行われてきた田遊びが起源になっています。田の神様とご先祖様に、1年の豊饒を祈る古典芸能です。踊り子たち二十七人は、まず、下花園神社でお祓いを受けたあと、遍照寺大日堂に移り、御田の舞が始まります。「廻り鍬」「田打」「水迎え」「牛呼び」「苗代」「田植」「田刈」「籾擢り」など、田植えの準備から脱穀までの米作りの一連の作業を20通りの踊りを太鼓や笛、たたき棒などの囃子に合わせて約三時間にわたり演じられます。
 早乙女に食事を運ぶ「おんなり持ち」を、女装した青年が演じています。

8)権現さんの御田植え

 福岡県山門郡瀬高町大字長田・大草、日子神社、3月15日
 福岡民俗芸能ライブラリー
 http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/e_mingei/index.asp

 豊作を祈願して、早乙女に扮した女装の男児により、田植えの一連の所作の舞が奉納されます。この他にも、カビの生え具合でその年の農作物の作柄や自然現象を予見する「おかゆだめし」などが行われます。

9)川久保田楽(白髭神社の田楽)

 佐賀県佐賀市久保泉町川久保 白髭神社 10月18〜19日
 佐賀市役所ホームページ/教育文化(文化交流)/文化財/文化財指定一覧/白鬚神社の田楽
 http://www.city.saga.lg.jp/

 平安時代を起源とする佐賀県内に残る唯一の田楽で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。 稚児田楽とも言われ、女装と化粧を施した少年が、太鼓と笛の演奏に合わせて、「ささら」と呼ばれる編木を緩やかに鳴らします。
 田楽は、田植えの時に調子を合わせて鼓舞する農耕儀礼として平安時代に生まれ、鎌倉時代にかけて娯楽的な芸能として発達し流行しました。後から成立した「猿楽」とともに「能」の原型となりましたが、室町時代には芸能としての主役の座を能に奪われました。現在、田楽は、祭礼や伝統芸能として残っているだけです。

10)御田植(おんだうえ)祭

 大分県杵築市宮司 杵築若宮八幡社 4月6日
 杵築市ホームページ/杵築市の観光
 http://www.city.kitsuki.oita.jp/index_sight.php

 国東半島に現存している神事のうち、最も古い姿をとどめているものの一つで、豊作と子孫繁栄を祈る伝統行事です。その起源は不明ですが、元禄の頃再興されたと言われ、北杵築地区中津屋と五田の保存会が伝承しています。
 御田植祭は、拝殿で挙げられる祝言の儀から始ります。「種(たね)かるい」即ち新郎とその妻となる新婦・媒酌役のお手引きが、揃って神前に着座し、神職が祝詞を秦上して三三九度の盃を厳かに取り交わし、偕老同穴の契りを結びます。妻は、女装した男性です。次に、本年生まれる子どもの性別を占うために、神職の差し出す御神籤(おみくじ)を、お手引きが一礼して引きます。
 このあと拝殿を出て、四方に忌竹をたて七五三縄を張った斎田で、張り子の牛馬が苗代を代掻きするモーガ(馬鍬)の行事を行ったあと、「種子かるい」が種籾を入れた叺(かます)を棒で担いで祭壇に供え、次に田植神主が登場し、祭壇の前でお祓いをして種籾を蒔きます。柄振り(えぶり)が畦を塗って、襷掛けの早乙女が「御田植歌」を歌いながら、早苗を植えます。
 次いで、御子産(おこさん)の儀がはじまります。お手引きに付添われた御腹の大きな「種子かるい」の妻が、小昼(こびる:おやつ)の握り飯を入れたハンギリ橋を頭にのせて登場し、これを恭しく祭壇に供えます。その帰途、急に産気付き大仰な身振りで陣痛を訴え、お手引きが、助産婦よろしく立ち働き、赤ん坊を抱き上げて、一同に向かい「男児(または女児)出産」を知らせます。生まれた赤ん坊の男女別で、その年の出生を占います。御子産の儀が終了すると、神主によって斎田が清められ、御田植祭は終わります。
 県指定無形民俗文化財です。

11)御田植祭

 大分県東国東郡安岐町明治諸田区、諸田山神社、毎年春分の日
 安岐町役場ホームページ/観光情報/諸田山神社御田植祭
 http://www.town.aki.oita.jp/kankou/01event/ondaue.html

 祭りは、五穀豊穣を祈願するとともに氏子の繁栄を祈るもので、江戸後期の文政4年(1821)、杵築市・奈多八幡神社から伝わって以来、180年の伝統を持つ祭りです。
 境内に設けられた御神田の一隅の祭壇に的をおき、それを射て行事が始まります。田遊びに狂言の要素が加わったこの祭りでは、張り子の牛が登場して暴れ回ったり、早乙女に扮した小学生男児の田植え、クワ取りの田均し、畔塗りなどの農作業を模倣した所作が、鉦、太鼓、笛の囃子や古風なセリフを交えながら滑稽に演じられます。
 県指定無形民俗文化財です。

12)黒仁田の田植神楽

 宮崎県西臼杵郡高千穂町 毎年11月の末〜翌年2月
 高千穂町ホームページ
 http://www.town-takachiho.jp/

 国指定重要無形民俗文化財「高千穂の夜神楽」の一つである黒仁田神楽の演目です。
 田植神楽は、高千穂の夜神楽のなかでも黒仁田神楽と尾狩神楽にのみ伝承されている珍しい演目で、五殻成就や子宝に恵まれるようにという生産への祈りの神楽であす。田開きから収穫までを「牛の鋤入・畦塗・早乙女・杵舞・箕舞」の五つの舞で表現します。舞手はすべて男性で、早乙女は化粧と女装をして舞います。

田の神信仰

 もともと山の神は山村で、田の神は農村で祭られていましたが、いつの頃からか、山の神様は春に里に迎えられて田の神様となり、田の神様が田植えの後(地域によっては収穫後)に、再び、山に帰って山の神様となると信じられるようになりました。
 ここで神様が里に降りて来ることを「さおり」(「さ」とは稲または田神のことで、「早乙女」・「早苗」の「さ」もこれが語源です)といい、山に帰ることを早苗振(サナブリ)または早上り(サノボリ)と呼びました。
 一部の地方では年末またはお正月になると、山の神が村に客としてやってくるという祭があります。
 またある地方では、収穫の時期に田の神が客人として家々を訪問するケースもあります。

    

inserted by FC2 system